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だがその言葉の裏側にあるものに、ルネは十分すぎるほど気づいていた。突飛な言動そのすべてが、昔から変わらないアンリ流の強引な優しさだった。
「というわけで、今後は大家の言うことには絶対服従だからな。覚えておけよ!」
「……いままでだって、ぜんぶアンリの言う通りにしてきただろ」
言い返すと、そうだったっけ、とケラケラ笑う。
からりと明るいその笑顔。それを見て、目の奥がじんと熱くなった。
だってもうこれ以上、独りでいることに耐えられそうになかったから。
「まあそんなわけだから、変な心配ばかりしてないで早く風邪治せよ」
アンリは涙ぐむルネを無理やりベッドの中へ押し戻した。借りてきた布団をすっぽり上に被せると、ぴょこんと飛び出た頭を乱暴に撫でる。
「じゃあ俺、早速家から着替え持ってくるから。あ、布団も必要なのか。引っ越しって案外大変だな」
独り言のようにぶつぶつ呟き、さっさと部屋を出て行こうとする。そんなアンリの背中に慌てて手を伸ばし、ジャケットの裾を掴んだ。
突然引っ張られたアンリは、うわっ、と声を上げ、驚いて振り向いた。
「あ、アンリ――もうちょっとだけ、ここにいて」
思い切って口にした言葉は、少し震えていた。
アンリは身体の向きを変え、ベッドの脇にしゃがみ込んだ。ルネの顔の横で頬杖をつき、幼な子の看病をする母親のように、ルネの前髪を指で梳く。
いい歳して、男同士で、こんなふうに甘えるなんてみっともない。我ながらそう思う。
だけどもう少しだけ、その光を浴びていたかった。
(――暖かい。ずっと上手く息ができなかった。ようやく安心して息が吸える)
ルネは恐る恐る、布団から片手を差し出した。
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