新月と太陽

18/18
前へ
/257ページ
次へ
「――ずっと眠れないんだ。俺が眠るまで、握っていてくれる?」  冷え切ったルネの手を、アンリの両手が包み込む。  大きな手。その力強い温もりが、掌からゆっくりと流れ込み、凍っていた魂を溶かしていく。  かけがえのないものを、一度に失ってしまった。天涯孤独だった自分を、優しく見守っていてくれた瞳を。残酷な世界から守り、抱きしめていてくれた腕を。それを失ったらもう、生きていけないような気がしていたのに。  神様は、最後の光を残してくれた。 「……どうしてこんなに優しくしてくれるの? 俺にはアンリにあげられるものなんて、何ひとつないのに」  疑問に思って尋ねると、アンリは勢いよく吹き出した。 「ルネって頭がいい割に、肝心なところで馬鹿だな」 「……馬鹿って何だよ。だって俺と一緒にいたって、アンリは何も得しないだろ」  するとアンリは、いつかどこかで聞いた台詞を口にした。 「だってお前って、俺がモンテスキューだとか気にしないだろ?」 「何言ってんだよ。気にしてるに決まってるだろ」  くちびるを噛み締め、溢れそうになる涙を必死に堪える。そんなルネの顔を見て、アンリはふっとそよ風のように笑った。 「大丈夫。ずっとそばにいるよ」  凍えていた草木を目覚めさせる、優しい、春の太陽。
/257ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加