ふたりの子

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ふたりの子

 時は流れる。脇目も振らず、粛々と、非情に、勇敢に。  埋まることがないと思っていた喪失にも、いつの間にか慣れていく。慣れることへの抵抗も、罪の意識も、時の波間に洗われ輪郭を緩ませる。  窓に映る温かな灯火に、賑やかな声に安堵する。あの頃の暗く、冷たい静寂の面影も、圧倒的な光によってあっという間に塗り替えられる。  ルネは宵闇に沈む自宅の、重い玄関扉を引き開けた。一階の応接間から漏れ出した興奮する子どもの声が、天井の高い玄関ホールにこだまする。 (――まったく今日は何の騒ぎだ)  ルネは眉間に深い皺を寄せた。真っ直ぐに応接間へと足を向け、ため息とともに勢いよく扉を押し開ける。  途端、白い雲の欠片のようなものが目の前を舞った。――部屋の中が、まるで雲の上だ。その白い雲の中を、ふたりの子どもが大興奮で走り回っている。 「――! ! これはいったいどういうことか説明しなさい!」  ルネは目を白黒させながら叫んだ。 「ルネ、おかえりなさぁい!」 「ルネ、おかえり! これすごいだろ! 天国ごっこだよ!」  ルネの怒声にも、さっぱり(ひる)む様子がない。  どうやら捨てるつもりだった古い布団の中から、綿を引っ張り出して遊んでいたようだ。その雲の中に寝そべっていたアンリが、むくりと身体を起こした。 「おう、ルネ。――いやあ、ちょっとすごいことになっちゃってさ」 「ちょっとじゃないだろ! これ、誰が掃除するのさ!」  その怒鳴り声に、三人は一斉にルネを指差した。開いた口が塞がらない。 (散らかすのはいつもこの三人。掃除するのはいつも俺だ)
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