ふたりの子

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 この一帯は、地方からの出稼ぎ労働者やその日暮らしの貧乏人、公娼登録なしの売春婦や浮浪者も多く、治安がいいとは決して言えない。同じ市内であるのに、美しく整備されたパリ中心部とはまるで別の国だった。  時の流れから取り残されてしまったように、古く崩れ落ちそうな建物が狭い路地にひしめき合い、どこもかしこも不衛生で、生ごみや糞尿の放つ酷い悪臭が鼻の奥を突いた。  自分もこんな街に13まで暮らしていたということが、いまでは遠い夢のようだった。  あれほど辛い記憶をすっかり忘れていられたのは、きっと幸せだったからに違いない。あの夜、主人にこの街から連れ出され、自分はずっと幸福な国で暮らしていたのだ。  ルネはある一帯を前に、足を止めた。ここから先は、この地区の中でもとりわけ危険だとルネは昔から知っていた。警察さえなかなか手出しができない、犯罪者やが巣食う一角だ。この地区に住む者たちさえ、この先には決して足を踏み入れない。  そのとき暗い路地の入り口に、大小ふたつの人影が見えた。  小さい方はまだほんの子どもに見える。少年だ。十にもならないかもしれない。小さな影に向かい合った男が、ポケットから小銭を取り出し、その小さな手に握らせた。  その行為が何であるかルネにはよくわかっていた。かつて自分もこの街で、同じような目に遭ったことがあるからだ。
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