ふたりの子

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 診療時間外にしつこく呼び鈴を鳴らされた医者の男は、不躾(ぶしつけ)な来訪者を怒鳴りつける為に勢いよくドアを開けた。しかも客は、襤褸(ぼろ)に包まれた浮浪児を胸に抱いている。 「こんな夜中にやって来て、しかもそんな小汚いガキを――!」  医者は怒りにまかせ、大声で怒鳴りつける。そんなふたりのあいだにアンリが割って入った。 「急患だ。見てやってくれ」  男はどうやらモンテスキュー家の主治医だったらしい。アンリの顔を見た途端、決まりの悪い愛想笑いを口の端に浮かべた。  医者の診察によれば、幸運にもパリの貧民街でよく流行する天然痘やコレラ、腸チフスのような感染症ではなく、栄養失調による免疫低下が原因のひどい風邪だということだった。ゆっくり静養し、栄養のあるものを食べさせれば回復すると言われ、ルネとアンリはふたりを自宅へと連れ帰った。  エミリーには温かいスープを飲ませ、身体をお湯で拭いてやり、サイズの小さくなったルネのシャツを寝巻きがわりに着せ、ベッドに寝かせた。  少年はジャンと名乗った。歳は10歳だという。ジャンは用意されたスープとパンとハムとチーズを、ルネが見守る前で(むさぼ)るように食った。  どれほど腹を空かせていたのだろう。あの寒空の下こんな薄着で、いままでどうやって過ごしていたのだろう。明日のパンを買う為に、あんなことまで――  口いっぱいにハムを詰め込むジャンの姿に、ルネはかつての自分を重ねた。  古傷が(うず)くように辛い記憶が蘇り、どうしようもなく胸が苦しい。
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