ふたりの子

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 そうしてルネは主人の捜索を中断し、ジャンの父親を探しはじめた。市庁舎に問い合わせ、警察に捜索願を出し、近隣の住民にも行方を聞いて回った。  そして一ヶ月も経つ頃、ジャンの父親の特徴と身元不明の遺体が一致したとの報告が警察から届いた。  死因は急性アルコール中毒。モンマルトルの狭い路地裏に倒れていたという。遺体はすでに、パリ市北東の小さな共同墓地に埋葬されていた。  ルネはふたりを連れ、その墓地へ向かった。墓標は死亡した日付と番号が振られただけの簡素なもので、同じ十字の墓標が整然と等間隔に並んでいた。  役所で教えられた番号の墓標の前で立ち止まる。ジャンはルネが買ってきた花束をそこに供え、しばらくのあいだ何も言わず、ぼんやりと立ち尽くしていた。  ジャン、とルネが名前を呼ぶと、ジャンはちらりとルネを見上げ、また顔を伏せた。 「……ルネ。俺さ、父ちゃんを恨んでたんだ」  喉の奥から絞り出したような、苦しげな声だった。 「もともとアル中だったけど、エミリーの母ちゃんが死んでから、ますます酒の量が増えて……仕事だってまともにしないし、すぐに大声で怒鳴り散らすし、殴られたことだって何度もある。あちこちに借金作って、近所の人にも迷惑かけてばかりで、こんな父ちゃん恥ずかしいし、ずっと嫌だって思ってて……」  ルネはエミリーを抱いたまま、ジャンの隣に腰を下ろした。 「……だから、いつ死んだって構わないって思ってたんだ。こんな父ちゃんなら居ないほうがましだ、父ちゃんなんか早く死ねばいいのにって、ずっと思ってて。それなのに……」  そこでジャンは言葉を切った。見る間に口元が強張り、ふるふると震え出す。  その震える身体を抱き寄せる。途端、堰を切ったように嗚咽が漏れた。エミリーも兄につられるように、一緒に声を上げて泣きはじめる。  誰もいない昼間の墓地に、ふたりの子どもの泣き声が頼りなく響き渡った。
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