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オーギュスト
ちりちりと、わななく蝋燭に映し出された室内は、暗い海の底を覗き込んだようだった。
ルネは生まれてこのかた、まだ一度も本物の海を見たことがない。海の底などなおさらだ。それなのになぜ海の底のようだと思ったのか、自分でも不思議だった。
寝台にじっと目を凝らせば、生白い生き物の蠢く気配がする。それは一瞬、不気味な深海生物のように見え、痩せた背筋に震えが走った。だがルネの右目がその暗さに慣れるまで、さほど時間はかからなかった。
主人はこちらに背中を向け、膝立ちになり、一定のリズムで腰を打ちつけていた。
窓に右耳を押しつける。途端、冷たいガラスの向こうからかすかに伝わる、女の喘ぎ。
ルネは十四歳の少年であったが、その行為が何であるのか十分過ぎるほどに理解していた。かつて自分はこれと同じようなことを――だがまったく同じではないことを、三日に一度は強要されていたからだ。
遡ること一年前。
ルネはパリ市の東の小さな孤児院にいた。院長は肥え太った初老の男で、幼い頃からルネは院長のお気に入りだった。
緩く巻いたブロンドは絵画から飛び出したクピドのようで、切れ長の灰青の瞳は懐かぬ野良猫のよう。どことなく浮世離れしたその姿に、院長は邪な欲望を抱いた。
その行為がはじまったのは、ルネがわずか十歳のときだった。
皆がすっかり寝静まった深夜、院長はルネの寝台にやって来てルネを叩き起こした。決して声を上げぬよう険しい顔で釘を刺し、寝ぼけたままのルネを暗い裏庭へと引っ張っていく。その夜陰でルネは、男の欲望と加虐心の捌け口となった。
それが何度か続いたある日の夜。ルネは激しく抵抗し、ついに叫び声を上げようとした。焦った院長は逆上し、ルネを限界まで痛めつけた。
翌朝、裏庭に打ち棄てられていたルネを近所の者が発見し、医者の元へ連れて行った。警察に呼び出された院長は、素知らぬ顔で暴漢の仕業だとうそぶいた。孤児であるルネの訴えは誰の耳にも届かなかった。
全身に暴行を受けたルネは、左目の視力を失っていた。
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