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「――ヴァンピールだったんだ」
思いもよらぬ言葉に、オーギュストは黒い瞳を見開いた。
「本当に? ヴァンピールなんて、ただの作り話だろ?」
「ううん。俺はね、この家でヴァンピールに育てられたんだよ」
そう言うと、オーギュストの黒い眉が怯えるように歪んだ。
「……その人、ルネの血を飲んだの?」
「ううん、一度も飲んだことはなかったよ。パリ中に美人で金持ちの愛人がいてね、その人たちのところに飲みに行くんだ」
「何それ。ヴァンピールってすごいや」
信じたのか信じていないのか、くすくすと肩を震わせて笑う。
「――オーギュストっていうのはね、その人の名前なんだよ」
「ヴァンピールの名前なの?」
「そうだよ。俺のとても大切な人の名前」
するとオーギュストは、ルネの胸にぎゅっとしがみついた。
「――ルネの大切な人は、ルネを置いてどこに行っちゃったの?」
その質問が少し、胸に痛い。
「わからない。ヴァンピールは歳を取らないから、ずっと一緒にはいられないんだ。でもいつか必ずこの家に帰ってきてくれるって信じてる」
答えると、オーギュストはしばし沈黙した。髪を撫でていると、やがて消え入りそうな声が心臓の奥に響いた。
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