地下の怪人

7/19

108人が本棚に入れています
本棚に追加
/257ページ
 会計を済ませ店を出る。それとほぼ同時に、ちょうど数軒先から、ひと組の夫婦が出てくるのが見えた。  豪華な乳母車を押す女性と、恰幅(かっぷく)のいい金持ちそうな身なりの男だった。その男の視線がルネの姿を認めた途端、ぴたりと動きを止めた。 「――ルネ?」  見知らぬ男の口から自分の名が飛び出し、ルネも驚きに足を止める。  そう言われるとどこか見覚えのある、丸々とした顔だった。慌てて古い記憶を引っ掻き回し、あっ、と小さな声を上げる。 (――サミュエルだ。ルイ=ル=グランで、呆れるほど自分に嫌がらせをした、同級生のサミュエル)  あの頃よりさらに縦にも横にも大きくなり、立派な口髭まで生やしている。いかにもブルジョワらしい堂々とした体躯は、遠くからでもよく目立っていた。 「あれ? サミュエルじゃないか? おおい、久しぶりだな!」  隣にいたマクシムが、ルネより先にサミュエルの元に駆け寄っていく。 「お前、ずいぶん立派になったなぁ。一瞬誰だかわからなかったよ。縦にも横にもでかくなりやがって!」 「ゴーシェ先生ですか! ご無沙汰しております。お元気でしたか?」 「ああ。いまそこでルネと一緒に飯食っててさあ」  そう言いながら、ルネの方をちらりと振り返る。だがルネはその場を動かなかった。 「お前、結婚したんだな、おめでとう! ガキだとばかり思ってたのに、俺より先に父親になるなんてさぁ! ……どれどれ、うわぁ、小さくて可愛いなぁ」  マクシムはサミュエルと会話を交わし、にこにこと乳母車を覗き込んでいる。だが、サミュエルがちらちらとルネの方を窺っていることに気づくと、ふと喋るのをやめた。
/257ページ

最初のコメントを投稿しよう!

108人が本棚に入れています
本棚に追加