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会計を済ませ店を出る。それとほぼ同時に、ちょうど数軒先から、ひと組の夫婦が出てくるのが見えた。
豪華な乳母車を押す女性と、恰幅のいい金持ちそうな身なりの男だった。その男の視線がルネの姿を認めた途端、ぴたりと動きを止めた。
「――ルネ?」
見知らぬ男の口から自分の名が飛び出し、ルネも驚きに足を止める。
そう言われるとどこか見覚えのある、丸々とした顔だった。慌てて古い記憶を引っ掻き回し、あっ、と小さな声を上げる。
(――サミュエルだ。ルイ=ル=グランで、呆れるほど自分に嫌がらせをした、同級生のサミュエル)
あの頃よりさらに縦にも横にも大きくなり、立派な口髭まで生やしている。いかにもブルジョワらしい堂々とした体躯は、遠くからでもよく目立っていた。
「あれ? サミュエルじゃないか? おおい、久しぶりだな!」
隣にいたマクシムが、ルネより先にサミュエルの元に駆け寄っていく。
「お前、ずいぶん立派になったなぁ。一瞬誰だかわからなかったよ。縦にも横にもでかくなりやがって!」
「ゴーシェ先生ですか! ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
「ああ。いまそこでルネと一緒に飯食っててさあ」
そう言いながら、ルネの方をちらりと振り返る。だがルネはその場を動かなかった。
「お前、結婚したんだな、おめでとう! ガキだとばかり思ってたのに、俺より先に父親になるなんてさぁ! ……どれどれ、うわぁ、小さくて可愛いなぁ」
マクシムはサミュエルと会話を交わし、にこにこと乳母車を覗き込んでいる。だが、サミュエルがちらちらとルネの方を窺っていることに気づくと、ふと喋るのをやめた。
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