地下の怪人

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 ルネの姿に気づいたオーギュストが顔を上げる。マリー=アンヌもそれに気づき、人形を放り出してルネに飛びついた。 「・ルネ。一緒にお人形で遊んで!」  いつの頃からか、ふたりは養父であるルネに敬意を込め、「パパ・ルネ」と呼ぶようになっていた。最初はひどく気恥ずかしい思いをしたのに、呼ばれているうちに案外慣れてしまうものだ。  ちなみにアンリに対しては、いまだにだ。アンリが子どもたちにそう呼べと言ったそうだ。  ルネはマリー=アンヌを抱きかかえ、ソファに腰を下ろした。金色のまつ毛を羽のようにしばたたかせ、マリー=アンヌはルネの顔を覗き込む。 「アンリはいつ帰ってくる?」 「今夜遅くには帰ってくるはずだよ。明日はお休みだから、みんなでどこかに遊びに行こうか」  そう提案すると、マリー=アンヌの水色の瞳がぱっと輝いた。オーギュストも手に持っていた木炭を放り出し、ソファに飛び乗った。  アンリは数年前からフランス・クチュール(注文服)組合に出入りしており、すでにフランスのファッション業界の影の立役者だ。  アンリの主な仕事は国内外の大富豪や王侯貴族のもとに自ら出向き、オートクチュール製品の販路を開拓することらしい。さらに駆け出しのクチュリエ(デザイナー)を彼らに引き合わせパトロンとなることをお願いしたり、大々的な展示会や国際的なファッションショーを開催するとなれば彼らのもとに資金調達に回る。  オートクチュール・メゾンの支店を海外に出店するときにも、アンリはよく同行する。とにかくどこに行ってもよく顔が利き、話をまとめるのも資金を引き出すのも上手いので、組合から重宝されているようだ。
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