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「じゃあもし、お前の主人の方が、自分についてきてほしいと頼んだら?」
「……えっ?」
「ヴァンピールとしてともに生きてほしいと頭を下げられたら、ルネはどうする?」
あの主人が、そんなことを言い出すわけがないとわかっている。
(でも、もしオーギュが俺にそう頼んだとしたら――)
もしあの頃の自分なら、二つ返事でヴァンピールになっただろう。他に望むものなど何ひとつなかった。
重ねられたアンリの指が、強く肌に食い込んだ。
「答えてくれ」
この世界に、強く引き留めるように。
「嘘のない気持ちを聞かせてくれ」
ルネは大きく深呼吸をし、その掌をしっかりと握り返した。
「絶対にヴァンピールにはならない。俺はいまの生活が一番大事だ」
その言葉を聞いた安堵で、アンリの指の力が緩んだ。
アンリはルネから手を離し、トランクの底から一冊の本を取り出した。それを無言のままルネの前に突き出す。
「――La Fantôme de lʼOpéra(オペラ座の怪人)。ガストン・ルルーの? へえ、出版されたんだ。でも、これがいったいどうしたの?」
数年前から日刊紙に連載されていた人気小説だ。アンリがこんなものを買ってくるとは意外だなと思いながら、その中身をペラペラと捲る。
アンリは真面目腐った顔をして、本を手に取るルネの姿をじっと見つめていた。顔を上げたルネと目が合うと、珍しく声のトーンを落とし、こう尋ねた。
「――列車の待ち時間に駅の本屋で買ったんだけどさ、それ、モデルがいたってルネは知ってた?」
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