地下の怪人

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「その男の容貌っていうのがさ……ちょっと」  続きを口にするのを躊躇うように、少し間を置く。 「――大火傷でも負ったみたいに、顔がどろどろに溶けているらしいんだ。よく見れば着ている服もボロボロで、まるで腐った死体が墓場から蘇ったみたいなんだと。だから掃除夫の間ではその男を〈化け物〉って――」  化け物。  そのおぞましい姿を想像した瞬間、目の前からすっと光が消えた。  茫然自失となったルネを見て、アンリは取り繕うように笑みを浮かべた。 「やっぱりお前の主人とは別人だと思うよな? だってヴァンピールって歳を取らないんだろ? あのギリシャ彫刻みたいな顔が、そんなふうになるわけ――」 「血を吸っていないのかもしれない」  呆然と宙を見つめたまま、ルネは呟いた。頭の中に、真っ暗な予感が渦を巻く。  ヴァンピールが血を吸わないでいると、見た目の若さを保てない。そうマリー=アンヌから聞いていた。たしかマリー=アンヌが亡くなった後、愛人のもとへ血を吸いに行かなかったときも、肌艶を失い、突然年老いてしまったように見えた。  主人が消えた時期と〈化け物〉の目撃情報が出始めた時期も、ぴたりと一致している。  この屋敷から消え、そのまま下水道へ身を隠し、いままでずっと血を吸っていないのだとしたら――  掌から本が滑り落ちる。咄嗟に押さえた口元から、悲鳴にも似た声が漏れた。 (まさかそんな暗くて汚い場所に、5年以上もたった独りで――!)  ルネは床の上に泣き崩れた。狂ったような嗚咽を漏らすくルネの背中に、アンリは慌てて飛びついた。震えるその背中をさすり、ルネの耳元に力強く言う。 「――ルネ! もう大丈夫だ! 居場所がわかったんだから、あとは見つけ出すだけだろ!」  どうしてもっと早くに見つけ出してやれなかったのだろう。自分が恵まれた生活を送っている間、そんな酷い状態にひとり置き去りにして―― 「早く探し出してこの家に呼んでやろう。これは悲しむことじゃない、ようやく掴んだいいニュースなんだよ。居場所がわかったんだからすぐに再会できるって!」  アンリの必死の励ましに、ルネは何度も頷いた。これは幸運へ手掛かりなのだと、自分を納得させるように。 (――そうだ、オーギュはこんなに近くにいたんだ。ようやくみんなで幸せになれる)
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