地下の怪人

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 翌日アンリはふたりの子どもを連れ、デパートと公園をはしごすることに決めた。  三人が外出したのを見届けると、ルネは汚れてもいい古い服と靴に着替えた。裂いたシーツで鼻と口を覆い、オイルのランタンを片手に持つ。自宅近くの人気のない通りを選び、鉄製のマンホールを引き開けた。  底の見えない澱んだ闇が、ほのかな臭気とともに姿を現す。  アンリと相談し、下水道へと降りるのは、水道会社も休日だと思われる日曜、あるいは子どもが就寝した後の土曜の深夜、週に一日一時間程度にすることに決めた。  仕事も子どもの世話もあるのだから、主人の捜索にかかりきりになるわけにはいかない。  ランタンを片手に掲げ、地下へと続く梯子(はしご)を慎重に降りはじめる。途端に、じっとりとした闇が執拗(しつよう)に皮膚に纏わりついた。  果てしない時間、パリの地下に堆積し続けた淀んだ闇。口元を覆った布が意味をなさなくなるほどの強烈な悪臭。そのどろりと重い暗闇の先へ立ち入ることに、一瞬躊躇いを覚えた。  ようやく梯子の端まで行きつくと、足場をランタンで確認しながらゆっくりと足を下ろした。下水道の両側に細い通路があり、その上を二本の水道管が走っている。  下水道回廊というものだ。  パリのあらゆる汚物の末路である、濁った水の流れが足元にあった。刺すような臭気に襲われ、目に涙が滲んだ。 (――あれほど臭いものと汚いものを嫌う潔癖性の主人が、こんな場所で長年暮らせるものだろうか)  頭をかすめる疑いを振り払い、歩みを進めた。――探すしかない。手掛かりはこれしかないのだから。
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