最後の遊泳

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最後の遊泳

 マクシムの結婚式から自宅へ戻り、ルネは幸せな気分で床についた。  夢を見ていた。暗い夜空を、自由自在に泳ぐ夢だ。  見上げれば満天の星。下には星屑をばら撒いたような、美しい夜の街が広がっている。  暗い波に身を任せ、上へ下へと浮遊する。どこか懐かしい、穏やかな漆黒の宇宙の中を。  そのとき星のひとつが、かちん、と(はじ)けた。  続けて、ふたつ、みっつ――弾けて(またた)き、夜の底にこぼれ落ちる。  かちん――その明らかな音に、ルネははっと目を覚ました。  呼吸を止め、耳を澄ます。深夜の暗闇。寝室はしんと静まり返っている。  気のせいかと思い、ルネはまた心地よい眠りの中に戻ろうとした。だがふたたび、窓ガラスを打つ鋭い音が、暗い部屋の中に明確に鳴り響いた。  ルネは寝台を降り、窓際に立った。月明かりの落ちる中庭に目を凝らす。  そして――を目撃した。  夜の庭の真ん中に、闇を凝縮したような、背の高い黒の輪郭。その影の中、ふたつのサファイアの瞳が闇夜の猫のように光った。  裸足のまま、転がるように部屋から飛び出した。裏階段を数段飛ばしで駆け下り、壊れるような勢いでドアを開ける。その先に伸びる渡り廊下を飛び降り、全速力で中庭へ駆け出した。  その人は、たしかにそこにいた。何度も飽きるほど夢に見た、愛おしい黒い影。――夢じゃない。いや、もう夢でも幻でも、何だって構わない。 「――オーギュ!」
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