最後の遊泳

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 勢いのまま抱きつこうとすると、主人は掌を前に突き出し、ルネの動きを制止した。 「――待ってくれ、ルネ! 私はもう、お前が知っているあの頃の私じゃないんだ」  ルネは慌てて足を止めた。  主人は突き出した右手をゆっくりと掲げ、頭の上のハットを取った。そしてもう片方の手で、目元を覆った白い仮面を剥ぐ。  ――アンリから聞いた通りだった。  石膏のようだった滑らかな皮膚は、暗い赤紫に変色していた。顔には深い皺が寄り、溶けた(ろう)のようにただれている。額の一部は腐って削げ落ち、白い頭蓋骨が覗いていた。艶やかだった黒い髪も、長年の日差しに(さら)されたように潤いを失い、ところどころ抜け落ちていた。  あの、何よりも美しいものを愛する主人が、ずっとこんな姿で。 「見てくれ、ルネ。醜悪だろう? ヴァンピールは死人なんだ。血を吸わないでいればこうなる。これが本来の姿なのだよ」  主人は帽子と仮面を元に戻し、自嘲混じりのため息をついた。  だが、ルネは微笑んだ。両腕を前に差し出し、怖がる野良猫を安心させるように一歩一歩慎重に近づいていく。 「大丈夫だよ、オーギュ。俺はオーギュがどんな姿でも何とも思わない」  ルネの右の目に、安堵と喜びが滲んで揺れる。 「だから、抱きしめさせて」  その声を聞き、主人はかすかに頷いた。ルネは主人の首にそっと両腕を回し、その肩に顔を埋めた。  出会ったばかりの頃は、見上げるほど背が高かった。それなのにいまは、さほど背丈が変わらない。  初めて出会ったあの夜から、十年の月日が流れていた。
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