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「お前だってむかしは大変だったよ。生意気で反抗的でな」
それを言われるとあまりに決まりが悪く、ルネは頭を抱えた。
「……そうだね。自分もその立場になってしみじみわかるよ、オーギュの苦労がさ」
思い返せば酷いこともたくさんした。泣き喚き、怒り狂い、暴言を吐き――自分を助け出し、養ってくれた恩人に対し、よくもあれほど傍若無人に振る舞えたものだ。
馬乗りになって首を締めたり、ナイフを自分の首に突きつけたこともあった。だけどそのたびに主人は、怒ることも見放すこともなく、ルネが安心して眠りにつくまでずっと抱きしめていてくれた。
つぎつぎと蘇る苦い思い出に顔をしかめる。だが今となっては、そのすべてが温かな記憶だった。
前を歩く黒い背中に手を伸ばし、そっと寄り掛かった。
「――たくさん迷惑かけて本当にごめん。あの頃の俺はやっと手に入れた幸せを失うのが怖くて、いつもどこか不安だった。不安だって泣き喚けば、必ず俺を抱きしめてくれるってわかってた。オーギュの腕の中が好きだった。その中で、ずっと甘えていたかった」
すると主人は声もなく笑い、ぼそりと呟いた。
「謝ることはないよ。私だってお前に甘えていたんだから」
黒い背中からぱっと顔を離し、主人の顔を覗き込む。
「甘えてた? 俺に? いつ?」
尋ねると、ばつが悪そうに視線を逸らす。だがルネが答えを待っているのを見ると、まあ、そうだな、と口籠り、やがて白状した。
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