最後の遊泳

12/16

108人が本棚に入れています
本棚に追加
/257ページ
「――最初は一緒に寝ていたのに、隣の部屋に移ると言われたときには少しショックだった。それからしばらく、慣れるまでひとりで上手く寝つけなかったんだ。お前に会うまではずっとひとりで寝ていたはずなのに」  そんな素振り、少しも見せなかったくせに――ルネは驚き両目を丸くした。 「身体から溢れ出すような、お前の体温が好きだった」 「――何それ。いまになってずいぶんいじらしいことを言うね」  主人は指先で高い鼻の頭を掻いた。そんな仕草も初めて見る。 「お前と風呂に入るのも好きだったし、抱えて飛ぶのも好きだった。お前が楽しそうにするから、私も楽しくて」  暗がりから長い指が伸び、優しくルネの髪を梳く。 「私はこんなふうだから、自分から上手く甘えられない。だからお前が素直に甘えてくるときは、可愛くて仕方なかった」  急にそんなことを言われ、火がついたように顔が熱くなった。可愛いなんていう言葉も、いままで一度も聞いたことはない。 「――可愛いなんて柄じゃないだろ。クソガキだっだし」 「お前は可愛かったよ。いまだって可愛いんだ」  何度も言わなくていいよ、とルネは主人の腹を掌で押しやった。主人は眉尻を下げ、口を大きく開けて笑い出す。主人の楽しげな大笑いが、夜の校舎に響き渡った。  そんなふうに笑えるんじゃないか。一緒に暮らしていたのに、知らなかったことばかりだ。
/257ページ

最初のコメントを投稿しよう!

108人が本棚に入れています
本棚に追加