歓びの歌

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 当時ルネは二十七歳、母校であるリセ・ルイ=ル=グランへ移り、修辞級の教授として教鞭(きょうべん)を執っていた。ノルマリアン(エコール・ノルマルの在学生および卒業生)は国家公務員と同様の地位であることから、ルネも開戦後まもなく召集を受けた。  フランスの知的エリート層を代表するノルマリアンも、農民や労働者階級出身の兵士らと区別されることなくつぎつぎに前線へ送られ、熾烈な塹壕(ざんごう)線に加わった。  人類にとって初の総力戦となったこの戦いには、航空機や戦車、機関銃、手榴弾、毒ガスなどの新兵器が投入され、長引く戦線の膠着(こうちゃく)状態がさらなる惨劇を招いた。その結果、全体で855万人の戦死者、775万人の行方不明者、2119万人の負傷者という未曾有の数字を残すことになる。  この大戦により、ルネの学友の多くも尊い命を失った。だがルネ自身は、身体部位の欠損を理由に前線へは送られずに済んだ。それ以上にその稀有な多言語能力を認められ、主に検閲、経済封鎖、電信・郵便統制、諜報活動などを行う情報機関へ配属され、通訳官としての任に当たった。短期間だが、敵軍捕虜の尋問や、暗号解読の部署にいたこともある。  一九一九年六月二八日、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間においてドイツが講和条約に署名をしたことで、四年に渡るこの世界大戦は正式に終了した。終戦までにフランスは140万人の戦死者を出し、76万人の戦災孤児が作り出された。
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