歓びの歌

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 終戦後ルネは教職へと復帰し、まもなく戦災孤児を受け入れるための孤児院を学生街であるカルチエ・ラタンの一隅に設立した。その土地と建物は、かつてルネが仮装舞踏会でパリの貴族らから手に入れた「戦利品」を売った金によりまかなったものだ。  ルネはその孤児院に〈リュミエール(光)〉という名を与えた。孤児院の院長、リセの教授、そしてふたりの子の親という三足のわらじを履き、ルネは休む間もなく目まぐるしい日々を送った。  リュミエールの子らは、孤児院で健康的な生活を送り、良質な教育を受け、この十年で多くの者がリセや大学へ進学した。その学費や生活費をまかなうため、ルネは孤児院の中に奨学金基金を設立した。  その基金に多額の出資をしたのは、何とルネのルイ=ル=グラン時代の同級生であるサミュエルであった。サミュエルは父の跡を継ぎ、いまや国内外に名の知れる大絹織物工場の経営者となっていた。  ルネはサミュエルの元を訪れ、「正式に謝罪をする日が来たぞ」とサミュエルに告げた。サミュエルはルネの設立した奨学金基金に対し、一万フラン(約一千万円)を出資することを約束し、二十年越しに初めて握手を交わした。  いっそう丸々とした顔に全面降伏の笑みを浮かべ、サミュエルは言った。 「俺の子どもたちには、どんなクラスメイトとも絶対に仲良くしろと念を押しておくよ。これ以上搾り取られたら破産しかねないからな」  ルネは、まったくだ、とサミュエルの肩を叩きながら笑った。クラスメイトの裏の顔は、俺のような悪魔の取り立て屋の可能性もあるからな、と。
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