歓びの歌

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 オーギュストは三十も過ぎたというに、まったくもっての風来坊だ。貯金が貯まると画材を抱え、すぐに外国へ旅に出てしまう。金が尽きれば現地で仕事を探し、生まれ持った逞しさで、行く先々に知り合いが増える。  最後に届いた絵葉書の消印は、スペインのバルセロナだった。地中海の日差しを浴びる、明るい太陽の国だ。  そのとき司会の男が舞台上に姿を現し、会場から拍手が沸き起こった。トップバッターとなるパリ・リュミエール合唱団の紹介が終わると、舞台袖から合唱団の子どもたちが列をなして入場しはじめる。  今日の子どもたちは、お揃いのブラウスの首元に、青、白、赤のリボンをそれぞれに結んでいる。十歳から、すでに孤児院を巣立った十八歳までの男女、総勢三百名。  階段上の雛壇に縦七列に整列すると、それぞれに結んだリボンの色により三色旗がそこに現れた。皆、緊張しているようで表情が硬い。  そのとき、前列に並んだ最年少の子どもたちが、はらはらと舞台を見守るルネの姿に気づいた。途端、子どもたちの顔がぱっと輝く。 「あっ、パパ・ルネだ!」「あそこにルネ院長がいるよ!」「違うよ、院長じゃなくて、もう!」「どっちでもいいだろ!」  ルネを指さし、手を振り、小突き合いをはじめる。  そんな無邪気な子どもたちの姿に、会場から失笑が巻き起こった。ルネは小さく手を振り返し、シーシーと人差し指を立てる。  最後に、四人のソリストたちが入場した。舞台袖からマリー=アンヌが現れると、一段と大きな拍手が湧き起こる。  今日のマリー=アンヌはスパンコールの縫いつけられた水色のロングドレスを身に纏っていた。アンリと相談しながら、この日のために新調したドレスだ。  踏みだすたび、星の瞬きのような光が会場にこぼれ落ちる。その可憐な姿を見て、アンリは満足げに目元を緩めた。
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