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出会い
ニューヨークでの留学がもうすぐ終わる。その最後の休日、小川凛はセントラルパークで一眼レフを構えて撮影をしていた。映像を学ぶ美大生。提携校のここのキャンパスに来て一年。
来週には帰国する。
季節は夏の始まり。晴天の今日は半袖でもだいじょうぶ。なんならうっすら汗ばむくらい。
よかった。最後にこんないいお天気で撮影ができて。
休日の午後のセントラルパークはにぎわっている。バイクを漕ぐ人。走る人。犬を散歩する人。上半身裸で寝そべる人。幼い子ども連れのファミリー。ベンチにすわってくつろぐ老人。すべてにちょうどいい気候だ。
被写体はたくさんある。それらの人物にくわえ、深くなってきた緑の木々。名も知らない小さな白い花。日本では見かけない小鳥。リス。池の魚。
「What are you shooting?」
(なにを撮っているの?)
夢中になってリスを追いかけていて、すぐそばに人が立っているのに気がつかなかった。
凛は地面ギリギリのところにカメラを据えて、頬に土がつくほど低いところからファインダーをのぞいていた。
這いつくばらんばかりに低い姿勢から、声の方に顔を上げた。
「あれ? 日本の人?」
ファインダーからはずした目の焦点が合うのに数秒。それは若い男だった。
いっしゅん目を離したすきに、リスは走り去ってしまった。
「ああ、行ってしまった……」
凛が思わずつぶやくと、彼は申し訳なさそうにいった。
「リスを撮っていたのか。じゃまをしてごめんね」
凛は立ちあがった。
「ああ、いえ。いろいろ撮っていたんですよ。鳥とか花とか」
「フォトグラファーなの? ピンクの頭をしているから日本人だと思わなかった」
凛は、あざやかなピンクに染まった髪に手をやると、ははっと軽く笑った。頭半分ほど背の高いその人を見上げた。
「勉強中の学生です」
「こっちの大学へ?」
「いえ、留学中です」
なにもくわしく話すことはあるまい。凛より少し年上らしいその人は、学生の雰囲気ではない。ウォール街のビジネスマンだろうか。
育ちがいいんだろうな。そう思わせる立ち居振る舞い。シンプルだけれども質の良い白のカジュアルシャツと濃いグレーにピンチェックのコットンパンツ。
凛の周りの男の子が着ているのはバンTだ。凛が着ているのもZARAかH&M。あとは古着。
「写真、お好きですか?」
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