美人以外の褒め言葉を要求します

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渇きを潤すのにビールは勿体ないからと、ビールの済みに追いやられたお冷やに腕を伸ばす。料理で華やいだテーブルにおいて、無色透明な水になぜか安心感を覚えた。ついついおかわりをしてしまうのは、無料だからだ。 「なんかすいません。最近、忙しいんでしょ」 仕事は終えたとばかりに出て行く店員が、恨めしい。恋しく見送るのをなんとか堪えて、割り箸を割る。 「よく言う」 中村のスケジューリングを利用して誘ってきたくせに。誘いがなければ、メッセージがアヤカさんにバレなければ、今頃は中村もスタッフも交えた宴会だったのだ。 「体調の方は?」 「元気よ。なんとかね」 やめよう、年甲斐もなく。断らなかったのは私の判断。個室を予約したのも、私の判断だ。 「フリーって、聞いたんすけど」 さあ、つけよう、決着。 ベジファーストと口の中に放り込んだレタスは、シャキシャキと小気味よい音を立てている。 「まあね」 「それ、自惚れていいんすか」 レタスの上で艶めくミニトマトから目を離して、顔を上げる。背筋を伸ばして固まっている男は、料理どころか箸にも手をつけていなかった。 まっすぐ、見つめ合う。角張った鼻と薄い唇は、なんだかアンバランス。顎に残ったニキビ跡は、まだ消えていないらしい。気まずそうに黒目が泳ぐものの、伸ばした背筋は曲がらない。 目を逸らしていたのは、私の方だったのかもしれない。 「あのう、陽さん、」 まだ酒も入っていないのに、赤くなっていく肌が面白い。 「べつに。恋愛よりも仕事が楽しくて、そのままこの年まで来ただけだから」 「そっ...すか」 特別誰かのために取っておいたわけでもない。けれど誰かさんが大っぴらに告白してくれたおかげで、スケートの人間との出会いは望めなくなった。そういう意味では先手必勝と効果的に物事を運んだといえるし、自惚れてもいいんじゃないかな。 考えが巡ったところで、言葉にはしなかった。ぬるくなるとビールが可哀想だし空腹のまま待つ私も可哀想なので、遠慮なくいただきますをする。どうせ料金は私持ちなのだ。 大盛りの親子丼を半分に取り分けて、残りを差し出す。 「相川くんの方は?いつか聞かせてもらったけど、あれ、忘れた方がいいカンジ?」 余裕ぶってはみたものの、落ち着かなかった。伺うように見上げてしまったのが、痛々しい。 「まさか!だから誘ったのに」 「あら」 熱烈だこと。 どんぶりがなくなっても、手の形は変わらずで、伸ばした腕も戻せない。 無邪気に放たれた愛に、顔を上げられない。だって、顔が熱い。 まだ、酒も入っていないというのに。 「じゃあ約束、...も覚えてる?」
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