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きれい
「ひなちゃん先生、聞いてよー」
学生をやめると、わかる。青春の美しさ。
「どしたの」
選手をやめると、感じる。
「レポートだらけでやってらんないよねーって話!」
「ねー」
「あの先生、いっぱい出すでしょ。合宿なんかと被った時には、もう」
アスリートの強さ、しなやかさ、美しさ。
「ひなちゃん先生の時から変わらないなら、もう仕方ないかー」
「だねー」
あまりの眩しさに、目を細めた。頑張ってねとしか言えないけれど、彼女達のいちばん美しい時を共に過ごせるのは特権だ。
「でもさー、ひなちゃんなら」
「あー」
彼女達が視線を向けたのは、黙々とバイクを漕ぐ1人の選手だった。顎を伝って床に落ちる汗は、どこからわき出たのか見当も付かない。
「あの先生はそんなことしません」
だって。
「俺のことも贔屓してくれないんだから」
話に割り込んできたのは、タオルを首に掛けた男子選手だ。彼女達の会話によく割り込んでくるので、軽いイメージがある。
「強化選手よ?あいつが贔屓されるんなら、俺だって」
「ひなちゃんは勝ったけど、あんたは勝ててないじゃない」
「なっ」
ヒートアップしてきたところだが、そろそろ練習に戻らせるべきだろう。
「きれい!」
振り返ると、先輩が顔をしかめていた。腕を組んでいるあたり、お怒りのようだ。
はいはい、わかってますよ。
もちろん態度には出さないけれど、手を叩いて選手達の間に入った。
「ほら、休憩は終わり。メニューの続き、やるよ」
「はーい」
散り散りになる選手達を見送ると、代わりに先輩が私の目の前に立った。
「きれいは昔から年下の選手に慕われてたし、あの子達と年も近いから期待したいんだけど」
「はい...」
如月陽、元スピードスケート選手。現役引退後、母校の大学でコーチとしてのキャリアをスタートさせている。
「あくまでも指導者なんだから」
お姉ちゃんじゃないのよ、ときた。
「...はーい」
なかなか、道のりは険しそうだ。
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