ゆく年くる年二人のきせき

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「今年一年、お世話になりまして」 「来年もまたよろしくお願いします」 そんな年末の挨拶が交わされる今日は、年内の仕事最終日。 みんな正月休み前で顔が緩みっぱなしだ。いつも険しい顔をしている部長ですら『正月は孫が来るんだよ』なんてデレデレした顔をしている。 職場の仲間同士で年末の挨拶をするこの時間が、僕は嫌いだ。 長期休暇に入るんだから、嬉しいだろうって?そんな訳あるか! 僕の大好きな宮崎主任と会えない日が一週間も続くんだぞ!毎日、宮崎主任の和やかな笑顔を見るのが僕の生き甲斐なのに。 会えないうえに、僕は実家に帰省しないといけないのだ。また『いいひとはまだできないのか』なんて兄貴たちがうるさいんだから。 帰省もめんどくさいなあ… 他の人と同じように宮崎主任もいろんな人に挨拶回りをしている。そして僕のところにもやってきてくれた。 「清水くん、今年も色々ありがとうね」 「い、いえっ、僕の方こそ!ご迷惑をおかけしてばかりで」 同じ部署ではあるけど、違うチームなのであまり接点はない。でも律儀に挨拶にきてくれる宮崎主任。 ああ、明日からはこの声も聞けないのかあ。 「年末年始は帰省するの?」 「ええ。新幹線で四時間かけて」 「俺も同じくらいだね。どの方面なの?」 「僕は広島に帰ります」 そういうと、宮崎主任は目をぱちくりさせる。 「え?俺もだよ。奇遇!」 知らなかった。同じ県出身だなんて。このオフィスだとみんな標準語だもんな… 「もしかしたら駅のホームで会うかもしれないですね」 僕は期待を込めて、宮崎主任に言った。 *** 帰省当日。僕は今、新幹線に乗っている。 早割で買っていた指定席。一号車の窓側の席を指定して取っていた。四時間の長旅、気弱な僕は、隣の奴がどんな乗客か毎回ちょっと気になるのだ。 僕が席に座り、数分後に隣の座席に座ったのは痩せ型の、背の高い男性…って…あれ? 「あっ清水くん!」 そこに立っていたのは、初めて見る私服姿の宮崎主任だった。 まさかの偶然に、僕は思わず神様に心から感謝した。 それからの四時間はまるで夢のようだった。 いろんな話をしながら至近距離で宮崎主任の顔を自然に見れたから。 初めは緊張していた僕も気がついたら喉がカラカラになるまで、話をしていた。 そしていよいよ広島駅が近くなり、新幹線が少しずつスピードを落としていく。ああ、夢のような時間はもうおわるのか…すると、宮崎主任から連絡先を交換しないかと言われた。 「久々にこんなに同郷の話ができて嬉しい」 「は、はい」 それは社交辞令なのかもしれないけれど、僕は今すぐにでも『ありがとー!』と神様に叫びたい気持ちだった。 *** 「武史、なんかいいことあったん?」 除夜の鐘を聴き、新年が明けてすぐ寒空の下、近所の神社に歩いて初詣にいくのが我が家の決まり。その道中に姉ちゃんに声をかけられた。 「えっ何で」 「おまえこっち帰ってきてずっとニヤニヤしよるで」 兄貴もそんなことを言うので、僕は思わず顔を背けた。今もきっとニヤけているんだろう。 「ははーん、さてはいい人できたんじゃろ?」 めざとく姉ちゃんは気づいたらしい。さすが、女の勘というか。 「ほいじゃ、武史に酒飲まして色々聞かんにゃいけんの」 「や、やめてよー」 笑いながら揶揄う二人。なかなか恋人ができない僕のことを心配してくれている二人はこういう話ができて、嬉しいのだろう。 好きな人がいるんだと言ってみようかな。 そんな気持ちになったのは、あの新幹線での奇跡があったからだろう。 二礼二拍手一礼。 手を合わせ、まずは神様にお礼を伝えた。 『宮崎主任と会わせてくれて、ありがとうございました』 そして願い事。 『家族みんな健康でありますように。仕事で飛躍できますように』 それから… 『兄貴と姉ちゃんが応援してくれますように』 そして一番の願い事。 『宮崎主任と仲良くなってあわよくば恋仲になりますように!』 「おい、武史っ。お前どんだけ神様におねだりしよるん」 脇腹を突かれて、僕はうひゃあ!と声を上げると後ろに並んでいた近所のおばちゃんが言う。 「正月じゃけ、たくさん願い事言ったもんがちじゃな」 僕を囲んでみんなが爆笑した。 『あけましておめでとうございます。お正月、楽しんでる?』 スマホに宮崎主任からメールが届き、僕は早速返信した。 『あけましておめでとうございます!おせち、食べすぎました。実家は楽でいいですね』 そこまで入力してふと、続きを入力する。 『でもはやく宮崎主任に会いたいです』 なんちゃってね。 最後の一文を消そうとした時、赤ら顔をした兄貴が僕の脇腹を突く。 「またニヤケとる、こいつ!」 「うひゃ!」 脇腹は弱いんだから、やめてってば! そう思いながらスマホを見ると… 「送信完了」の文字。 さあっと血の気が引いた。えっ、さっきの一文、消さずに送っちゃったよ! 「ん?どした武史?」 頭を抱える僕を見て兄貴は酒臭い体を押し付けてくる。 「もぉぉー!」 年明け、どんな顔して宮崎主任に会えばいいんだよ! *** メールを受け取った宮崎は、最後の言葉を読んで驚いていた。 (どういう意味なんだろ?) 首を傾げながらふと笑う。 (この子、いつも面白いんだよな) 違うチームではあるけれど、彼が一生懸命頑張っているのは知っている。あの気難しい部長が飲み会の席で彼を評価していた。 まるでハムスターようにちょろちょろ動いては子犬のように可愛らしく笑う。 たまに自分が話しかけると、彼の顔が赤くなるのは不思議だけど、と思いながら宮崎はスマホを眺めていた。 (新幹線の車内では楽しかったな) あまり話す機会のなかった彼と話してみると楽しくて三時間はあっという間に過ぎた。 もっと彼と話をしてみたいな、と宮崎は口元を緩めてメールの返信をした。 『休みが明けたら、二人で飲みに行こう!楽しみにしているよ』 【了】
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