第3話 夢(前編)

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第3話 夢(前編)

     残業で遅くなった夜。  ほとんど街灯もないような真っ暗な道を、私は自転車で走っていた。  ベッドのある我が家まで、あと数百メートル。そう思ったところで、目の前に突然、白い光が出現する。急ブレーキも間に合わず、私は昼間みたいな明るさに包まれて……。  気づいた時には、石畳の上に立っていた。足元には丸と直線を組み合わせた図形が描かれている。アニメや漫画で見たことのある魔法陣だ。  周囲を見回せば、ランプの(あか)りに照らされた室内だった。数名の女性が私を取り囲んでいる。彼女たちは白い服を着ているが、医師や看護婦の白衣ではなく、割烹着の(たぐ)いでもない。教会のシスターが着る礼服を真っ白にしたような感じだった。  その中の一人が――若くて美しい女性が――、一歩前に進み出て、にっこりと笑顔を浮かべながら告げる。 「ブルシムア王国へようこそ、異世界の賢者様」  私は、地球とは全く別の世界に召喚されたのだった。  WEB小説にありがちな異世界転移というやつだ。いや、最近では転移ものより転生ものの方が流行(はや)りだろうか。  どちらにせよ、もともと暮らしていた世界とは別の世界へ行き、そこで活躍する、というパターンだ。 「我らが世界をお救いください、賢者様。王国で語り継がれる伝承に従って」  この世界は今、魔王軍の侵攻により平和を(おびや)かされているという。王国の騎士や魔法使いたちが奮戦しているが、劣勢は明らかだった。その戦局を(くつがえ)すために、秘術とも呼ばれる伝説の召喚魔法で呼び出されたのが……。  この私だった。  彼女の説明を聞きながら、最初の部屋――寺院の地下室――から外へ出てみると、世界史の授業で教わったような街並みが広がっていた。  中世ヨーロッパ風の世界だ。いや『世界史の授業』云々よりも、WEB小説の異世界ファンタジーで慣れ親しんだ世界、といった方が早いだろう。『慣れ親しんだ世界』であるがゆえに、いきなり異世界で生活することになっても、戸惑いは少なかった。  かつて私は一年間アメリカ支社に飛ばされた経験があり、当時はとても大変だったものだが……。現実の異国暮らしよりも、非現実的な異世界暮らしの方が身近に感じられるというのは、なんだか皮肉な話だ。    
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