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お兄さまと屋敷に戻ると、執事さんが見知らぬひとたちと揉めていた。私たちの姿を目にして明らかにほっとしたところから察するに、どうにも無下にできない相手らしい。
「一体なんの騒ぎだ」
「冬至祭だというのに婚約者であるわたしの娘をほったらかし、どこの馬の骨ともわからぬ女を連れ回しているとは。まったくお前の気がしれんな」
「これはこれは。家族水入らずの団欒に割り込むとは、まったく無粋なことをなさる。それに再従姉妹殿との婚約など了承した覚えはないが?」
「ふざけるな、お前はわたしに従ってさえいればいいんだ!」
よくわからないが、とりあえずこのひとたちはお兄さまの親戚ということか。それならば、一応の礼は尽くすべきだろう。例えお兄さまとの関係が友好的なものではないのだとしても。習いたての淑女の礼をとれば、彼女は私に近づき、お兄さまから見えないようにドレスの影で足を踏みつけてきた。
「まったく、薄汚い野良犬ですこと。もう十分に贅沢を堪能したでしょう。痛い目に遭わないうちに、さっさと屋敷から出て行きなさいな」
すごい、すご過ぎる。伯爵家に引き取られてきたときに覚悟していたいじめを、ここにきて受けることになるとは。ようやっと私に向けられた悪意にしみじみ感動していると、追い討ちがかけられた。
「お父さま、怖い。わたくし、彼女にいきなり睨まれてしまいましたわ。せっかく仲良くしようとご挨拶しましたのに」
「あれ、挨拶だったの? 本気で?」
「ひどいわ!」
ついうっかり失言してしまった上、繰り広げられる一人芝居にもはや突っ込む気力もわかない。もういっそこのまま、彼女に私を追い出してもらえばいいのではないだろうか?
嫁と小姑の仲が悪いというのはよく聞く話だ。お兄さまの結婚に合わせて私が家を出て行けば、失踪するよりも自然な形でお兄さまから離れることもできる。
そしてお兄さまは、私のような得体の知れないみなしごではなく、身元のしっかりしたひとと新しい家族を作ればいい。偽物ではない、血の繋がった本物の家族を。
そこまで考えて、胸がじくじくと苦しくなった。やっぱり私は自分勝手だ。散々自分から離れようとしていたくせに、いざ追い出されそうになると不安で仕方がない。うつむいていると、お兄さまにぐいっと引き寄せられた。
「クララ、大丈夫だ。何も心配することはない」
「お兄さま……」
「言いがかりは許せないな。クララのつぶらな瞳が、君を睨んだりするわけないじゃないか」
「まったく何を言うかと思えば。その娘に騙されているのではありませんこと?」
こちらは叩けば埃がでる身。困ったように笑うだけで精一杯だ。
「そもそもぽっと出の君に再従姉妹であると言われても。君の父と僕の父が従兄弟という話もどこまで信用していいものやら。やれやれ、両親が亡くなってから急に親戚が増えて困ったものだよ」
「わたくしたちが信用できないとおっしゃるの?」
「僕は目に見えない血の繋がりとやらよりも、僕自身の目で見たものを信用しているだけだよ」
それはつまり、お兄さまは私自身を信用しているということなのだろうか。何よりも嬉しいはずのお兄さまの言葉が、私の胸を鋭く刺した。
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