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揺さぶりをかけてきたのは、やはり向こうの方だった。冬至祭は絶対にこの屋敷で過ごすと言い張ったあげく客間を占領した彼らは、朝が来るなり私を泥棒扱いし始めたのだ。
「ペンダントを彼女に盗られたのです。あれは母の形見。どうぞ返してくださいませ!」
「まったく、手癖の悪さはやはり育ちゆえのものか。お前もこれでわかっただろう。卑しい平民は、どれだけ世話をしてやったところでその性根は変わらんのだ。家族ごっこなどやめて、お前にふさわしい娘と早く結婚しなさい」
芝居がかった言い回しでお兄さまにしがみつく女と、これまた鼻につく言い回しでお兄さまに説教する女の父親。
自作自演ではあるが、効果的なやり方だろう。母親の形見とやらが屋敷のどこかから見つかった後は、謝罪の代わりにお兄さまとの婚約を求めてくるつもりに違いないのだ。
「おはよう、クララ。君のために冬至祭の贈り物を用意していたが、喜んでもらえたかな?」
「……え? はい、お兄さま。どうもありがとう」
「ところで、僕への贈り物は見当たらなかったようだけれど?」
「あ、あの、先日、決められないまま帰宅してしまって。ある程度見繕っていたので、お店に行けば今日中に用意できるかと」
昨日逃げ出しそこねた上一緒に帰宅したから、私はお兄さまへの贈り物を用意できないままだったのだ。ありえない失態にしどろもどろになっていると、お兄さまが微笑んだ。
「じゃあ、僕からリクエストしてもいいかな?」
「私に用意できるものなら」
「ああ。簡単なものだから心配しないで」
「ちょっと、わたくしのことを無視するなんてどういうおつもりかしら!」
確かに。冬至祭の朝は、贈り物の中身で盛り上がるのが常だけれど、形見の品をなくしたお客さまの前でする会話ではないだろう。
「ああ、君のペンダントをクララが盗んだだって? まったく、面白いことを言うものだね」
「まあ、信じてくださらないのね。でも、探せばきっと見つかるはずよ。それでも、『ありえない』とおっしゃるのかしら」
「ああ、もちろんだとも」
不思議なほどの自信に満ちて、お兄さまが同意した。信じてくれるのは嬉しいが、一体どうするつもりなのだろう。
「お兄さま、お部屋を確認してもらうの?」
「そんなことをする必要はないよ」
お兄さまの合図で使用人が部屋に持ち込んできたのは、昨日、再従姉妹さんの胸元で輝いていたペンダントだった。
「廊下に落ちていたのを、家の者が見つけていたんだ。留め金がうっかり外れたのではないかな」
「そんなはずは! だって昨日確かに暖炉に放り込んだのに」
「……まったく、こちらが『勘違い』で済ませてやろうとしているというのに、わからないひとだな」
失言に気がついた再従姉妹さんが慌てて口をつぐむ。なるほど、他人の屋敷で大切な物を盗まれたあげく、嫌がらせでボロボロにされたという方向に持っていく予定だったのだろう。まあ確かに、警備のしっかりしている私の部屋にペンダントを放り込んで、私に盗まれたと主張するよりは成功する可能性が高そうな気もする。
「大伯父から、君たちのことを聞いたことがないというのは妙だと思ってね。少々調べさせてもらったよ。どうやら、何人かいる従叔父のうちのひとりのようだね」
「だから、親族だと言っているだろう」
「親族ねえ。色々とやらかして多額の借金を抱えたあげく、雲隠れ。縁を切られているそうじゃないか」
「そ、それは!」
「今さら現れたということは、借金を払うあてが出来たということかな。たまりにたまった利子も含めてね」
「助けてくれ、血の繋がりがある親戚が炭鉱送りになってもいいというのか!」
「そもそも自分達がちょっかいをかけてきたんだろう。クララを巻き込んだりしなければ、見逃してやるつもりだったのに」
再従姉妹さんたちがお兄さまにすがりつくが、お兄さまは使用人に命じ、ふたりを容赦なく外に放り出した。
「僕は血の繋がりに愛情を感じたことなんてないよ」
きっぱりと告げるお兄さまの横顔は、今まで見たことがないくらい冷たく寂しいものだった。
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