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食事が終わった後、残されていた「あの子」の肖像画を見せてもらった。つぶらな瞳が印象的な、ぷるぷるふわふわの可愛らしい犬だった。
「犬! まさかの犬!」
「僕のそばを離れず、どんなときも一緒にいてくれる優しい妹だった。家族仲がいいとは言いがたかったからね。なおのこと、大切な存在だった。専用のクッキーが大好きで、しょっちゅうねだられたものさ」
つまりあの美味しいクッキーは犬用だったと。
「妹なのに先に年を取り、おばあさんになって虹の橋の向こうに行ってしまったんだ。僕を置いていくなんてひどいだろ? 君を見ていると、どうしてだか懐かしい『あの子』を思い出すよ」
遠くを見つめるお兄さまは、柔らかく微笑んでいる。
「……お兄さま、『あの子』みたいに可愛い妹じゃないけれど、許されるのなら私がずっと隣にいるわ。それなら、寂しくなんてないわよね?」
「ああ、そうだったね。僕には、君という新しい家族がいる。君と一緒にいると、毎日が面白いことだらけで退屈する暇もないよ。愛しているよ、僕の可愛いクララ」
「もう、お兄さまったら、また気軽に『愛してる』なんて。まるで、プロポーズみたい。いつか、勘違いされて刺されるわよ」
「おや、僕と家族になるのはご不満かな?」
お金目当てで生き別れの妹を演じていたみなしごが、本当の家族を手に入れたのだ。不満なんてあるわけない。ただ、ちょっとびっくりしただけだ。そういえば、枕元に置かれていた冬至祭の贈り物も、指輪だった。お兄さま流のわかりにくい冗談なのだろうか?
首を傾げていると、なぜか唐突にお姫さま抱っこをされる。
「クララ、君に拒否権はないよ」
「どういうこと?」
「僕は最初に言っただろう。『冬至祭の贈り物は、僕からリクエストしてもいいかな?』と。君は、『私に用意できるものなら』と答えたじゃないか」
完全にはめられた。
「おや、クララ。疲れたのかい。まったく、君は昔から散歩に行くのはノリノリなのに、途中でぜんまいが切れたかのように動かなくなるんだから」
「ちょ、私は人間だから!」
「いやいや、本当にそっくりだよ。悪いことをしているときに声をかけると、笑ってしまうくらい肩が跳ねるところとか、バレバレなのに必死で隠し事をしているところとか。ちょっとおバカなところ最高に可愛いよ」
それは全然誉めていない上に、「おもしれー女」枠ですらないのでは? いくら妹として可愛がっていたとはいえ、わんこと一緒にしないでいただきたい。
「ところで、これは一体どこに向かっているのかしら」
「ああ、城にいる上司の元へ向かう直通の通路が屋敷の地下にはあってね」
「は?」
「せっかく、クララが本当の家族になったのだから、まっさきに報告しようと思ったんだ。そうそう、クララに伝えていなかったんだが、僕は王家の」
孤児として生きてきた危険察知能力がびんびんになって告げている。これ以上、踏み込むな。耳をふさげ。今ならまだ間に合う。
「すみません、伯爵家のことに立ち入り過ぎました」
「ちゃんと全部知って欲しいんだ。家族じゃないか」
「家族でも、お互いのプライベートに関しては踏み込まないのが優しさではないかしら!」
「いやいや、家族には全部知っておいて欲しいんだ。我が家の裏の事情までね」
すみません、これ以上は耐えられないんでやっぱり溺愛はどうか勘弁してください。
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