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「リーフィ、空を見てごらん」
おしとやかな男性の声に耳を傾け、夜空を見上げた。
夜空には満点の星が輝いている。
「いつもの星空ではありませんか」
「いえ、もう少し待ってみましょう」
それから五分、夜空に変化はない。
しびれを切らしたリーフィはおもむろに立ち上がる。
「ほら、何も起きないではーー」
男に詰め寄ったリーフィ、男はリーフィよりも身長が高いので、リーフィは男の顔を見ると自ずと空も視界に入る。
男の後ろに見える空を、無数の流れ星が流れている。
「これは……」
「百年に一度だけ、流れる星があるのです。その日、世界中の人々が若返るという、不思議な現象が起こるのです」
「それはまるで不老不死のようですね」
「いえ、若返るのはその一日だけ。つまり、たった一度のサプライズというわけです」
「それは残念ですね。ずっとあなたと一緒に居れると思ったのですが、そうもいかないようですね」
「たとえ生まれ変わっても、私はあなたのもとに行きますよ」
流れ星の下で、二人は愛を誓い合った。
勇者と先代勇者の、淡い恋の話。
それから百年、先代勇者は死んだ。
勇者リーフィは勇者を引退し、山奥で一人暮らしていた。
魔王の再来、勇者の任命式、魔王VS勇者の戦いなど、世界各地で激しい戦乱の世となっていた。
人々はその状況に恐怖し、勇者に希望を抱いていた。
だが、現在の勇者は先代ほどの力はなかった。
対して、現在の魔王は先代以上の力を持っていた。
魔王の世界征服に、勇者ら一行は劣勢の危機に立たされていた。
勇者は剣を握りしめ、魔王と向かい合っている。
既に戦闘は三時間以上も続き、勇者パーティーは魔力が底を尽きていた。
対して魔王は魔力を半分以上残している。
「現勇者よ、世界は今日、我が魔王のものとなる。世界は今、私によって奪われる」
「そんなこと、させない。俺は、世界の希望を背負っているから、だから……こんなところで倒れるわけにはいかないんだよ」
剣を地に突き刺し、必死に立ち上がろうと足掻く。だが震える手足は言うことを聞かない。
立ち上がろうにも足が動かず、剣を握ろうにも力が入らない。
「勇者よ、お前はここで死ぬのだ」
魔王は勇者へ手をかざす。
攻撃が来る。
分かっていても、避けられない。
「くそっ、こんなところで終わるわけには……。これまで世界を護ってきた先代方のためにも……俺はぁぁああああ、」
魔王の攻撃が放たれようとしていたーーその時だった。
突如勇者の体が幼い姿へと変貌していく。
「……幼児化魔法、だと……」
勇者は、魔王により年齢を巻き戻されているのだと思っていた。だが勇者が若返っていることに、魔王は驚いている。
魔王の反応を見て、魔王によるものではないと理解した。だが、それでは誰が……
「懐かしいな。流れ星は」
勇者の後ろには、ローブで顔を隠している謎の女性がいた。
手には剣を握り、ローブから緑色の髪が溢れている。若々しい雰囲気が、彼女からは感じられた。
「百年ぶりだな」
「百年?」
彼女の言動に、勇者と魔王は首を傾げていた。
「お前は誰だ」
「私のことを知らないとは、長い年月が過ぎたものだな。私のことを忘れてしまったか?」
堂々と振る舞う彼女の態度に、ただ者ではないと魔王は警戒していた。
「先代魔王を倒した勇者、と言えば分かるか」
「……あり得ない。だとしたら、お前は百歳をとうに越えている。その姿でお前、戯れ言を」
「勇者リーフィ、それが我が名前、貴様ら魔王が恐れないはずがない名であろう」
「勇者リーフィ……り、リーフィだと……。嘘に決まっている。そうだろ」
魔王は火の玉を彼女へ飛ばす。
音速で飛ぶ火の玉を、彼女は剣で真っ二つに切り裂いた。
「先代よりは強いな。だが、私も先代よりは強いぞ」
「ままま、まさかホントに……勇者、リーフィ……!?」
「だから言っているだろ。私はリーフィだと」
彼女はフードをめくり、顔を露にした。
美しく透き通るような緑色の髪、風に護られているかのような翡翠の瞳、鎧は軽装で、全身には纏わず、体の所々を覆っている。
彼女の握る剣は、常に風を纏っている。
「全て、先代の噂通り……」
現勇者は先代勇者の登場に驚いていた。
それとともに、安堵していた。
彼女なら、彼女ならば魔王を討てると。
「だが、百年で腕も魔力も落ちているだろ。この私には勝てんぞ」
「舐めるな。たかが百年で、私の何が変わろうか。私は依然、私のままだ」
魔王の攻撃を全て剣で斬るか、かわすかで、傷を一つも負ってはいない。
まるで全ての攻撃を見通すような、圧倒的な動き。
「あの魔王が……圧倒されてる!」
勇者リーフィは強かった。
魔王の討伐に時間はかからなかった。
僅か一分の死闘、その間にぶつかり合った無数の攻防、勝者は無論、勇者リーフィ。
魔王の世界征服は、勇者リーフィによって再び食い止められた。
「現在の勇者よ、お前はもっと強くなれ。そして私を越えてみろ」
「はい」
「私ももう、あの人のもとへ」
そして、百年に一度のその日が終わった。
勇者リーフィは山奥の小屋で、一人、静かに眠りについた。
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