306人が本棚に入れています
本棚に追加
割と少年っぽい、普段はさらりとおろしていた前髪は、今回、フォーマルにタイトにアップされていて首元のワイシャツに合わせるのは何故かピンクの蝶ネクタイ。それでも、なまじっかビジュアルがいいだけに、着こなせてしまうのだから不思議だ。仮に自分が着たら仮想大会かハロウィンになってしまうだろう。
「あ――」という間もなく。さっさと、スーツの女性に引っ張られ、会場のなかへと消えていく青年を見送る雨音。――明らかに。『彼』だ。そして『彼』は『先生』なのだ。……まさか。
そんな偶然があろうとは……。たまらず、雨音は、胸を押さえた。汚れたドレスを洗うどころの騒ぎではない。
なんとなく。肌身離さず、あの日、雨の日の君――雨音はそう名付けている――から貰った、折り畳みのコンパクトな傘を持ち歩いている。いつどこで出会っても返せるように。――お礼を言えるように。
冷え切っていた雨音のこころに新しい風を吹き込んでくれるたのはほかならぬ彼だった。――お礼が言いたい。あの日、からだの芯まで冷え切ってしまう寒い夜を、あなたのおかげでぽかぽかした気持ちで……過ごせましたと。
最初のコメントを投稿しよう!