◇02. 雨の日の君

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 そうした余裕のなさがどれほど人間を痛めつけるのかをよくよく雨音は知っている。――人間、ちょっと、力が余っているくらいがちょうどいいのだ。なにごともほどほどに。ほどほどに……。医者に散々言われた忠告を頭のなかで繰り返し。雨音は、いつも通り、ビルのエントランスでにこやかに挨拶をしてくださる警備のおじさんにお疲れ様です、と挨拶を返し、自動ドアの前へと一歩。踏み出すのだが。 「――もし。そこのお嬢さん」  びっくりした。背後から声がした。それも、聞き覚えのある声が。  見れば。確かに。先週末お見掛けした、図書館の君――M図書館にて、手の届かないところにある本を取ろうとした雨音のために本を取ってくれた長身で茶髪が印象的な男がいた。今日もやたらと爽やかだ。この、じめじめとした湿気を吹き飛ばすほどの色香を放っている。異性を美しい――と思うのは、雨音のなかでは、韓国アイドルか、蒔田(まきた)一臣(かずおみ)くらいのものだ。2025年が待ち遠しい。ARMYたちは静かに待つ。
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