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1-4 医事係:納見慧一
総務課は、嶋野の属する財務経理課の隣にある。
物品調達係の係長が育休中なので、係員の出雲亜美に声をかけた。
それまで何か作業をしていたのか、カーキ色の作業着姿である。
「出雲、ちょっと時間ある?」
彼女と話すのは、何となく、気を遣う。
「別に大丈夫だよ。何?」
向こうも同じかなと思うけど、そこは確証がない。
出雲とは、過去に恋人の関係だった時期があるのだ。
だが仕事で関わる以上、いつまでも引きずっているわけにもいかない。
監視カメラの件を話すと、彼女はすぐに反応した。
「じゃあ、現場行くか」
出雲はそう言って立ち上がったので、納見も一緒に歩き出した。
2010年4月に、納見と出雲は揃ってこの病院に入職した。
その時が初対面だったが、事務部では同期は二人だけだったから、一緒に行動する機会は多かった。
学生時代から、ああだこうだと余計なことで悩んで二の足ばかり踏んでいる自分と比べて、いつもエネルギッシュで前向きな彼女は、一切の迷いを晴らしてくれるような、どちらかといえば憧れに近い存在だった。
でも実は、彼女も彼女なりに仕事のことで悩んでいて、心のバランスを崩すこともあると言うのだ。
実際、彼女にはひどい不眠に悩まされ、メンタルクリニックに通っている時期があった。
そんな内面の話も聞いてしまうと、今度は「守ってあげたい」などと思うのだから、我ながらご都合主義だなと呆れる。
入職三年目に付き合い始め、それから半年にも満たないうちに別れた。
別れ際、彼女が「無かったことにする?」と言ったので、納見もそれに乗った。
そのため正確には、別れたのではなく、最初から付き合っていなかったことになっている。
「新しい係長、どんな人?」
病棟に向かうエレベータの中で、出雲は言った。
「うーん、まあ大人しい感じの人。まだよく分からないけど」
「医療事務は詳しいの?」
「ずっと本部勤めだから、病院勤務の経験はないみたいだよ。でも知識はすごくある人だと思う」
今月初めに友井がこの病院に着任したとき、彼は「納見さんはいつから医事係なんですか」「電子カルテの導入は大変だったでしょうね」などと話題を探しては、話しかけてきた。
齢は納見とほとんど変わらないが、本部でも取り立てて優秀だったという話を、浅利課長から聞いた。
だが、その優秀さを実感する機会は、今のところ訪れていない。
友井という人間の内側を、納見はまだ探っている段階なのだ。
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