1-2 医事係:納見慧一

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1-2 医事係:納見慧一

「それにしても幽霊ですか……。本当なら怖いですね」  それまで押し黙って自分の仕事に集中していた友井(ともい)が、静かな口調でそう言った。彼はこの十月に着任したばかりの医事係長で、納見の正面に座っている。 「あれ係長、そういうの信じるタチですか」 「信じてはいませんが、実際に出てきたら、怖いですよ」  真面目な顔でそう言うので、納見は少し笑った。  友井は院内で配置換えとなった前任者と違って、この安座冨町(あざとみちょう)中央病院の経営母体である医療法人橘橙会(きっとうかい)の本部から、出向という形で赴任してきた。  そのせいか、まとっている空気からして、どこか違う気がした。部下に対して使うこの慇懃な敬語も、どこか馴染めない。 「ちなみに武藤さんは、幽霊なんか信じ」 「やめてください、バカバカしい」  全て言い終わる前に否定された。  隣の席の武藤紗苗(むとうさなえ)は、この病院唯一の診療情報管理士だ。  DPC病院(※)ではないのでその能力を持て余してはいるが、雑談ひとつしない超がつくほどの仕事人間で、思考のすべてが「正論」で形作られている。  サイボーグの噂もあるくらいだから、幽霊のことなんて聞くだけヤボだった。 ※DPCとはざっくり言うと、入院患者ごとに診断群分類(≒病名)をひとつ選び、それにより入院費が計算される方式。それに対し従来の計算方法は、検査や注射などの項目ごとに点数を積み上げる出来高方式という。カルテのプロフェッショナルである「診療情報管理士」の存在は、DPC方式の方がより重要になる。
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