1-3 医事係:納見慧一

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1-3 医事係:納見慧一

 監視カメラの件は、浅利課長がすぐに了解を取り付けてくれたらしく、その日の夕方には「設置場所は納見が調整しといて」と言われたので、すぐに二階の総務課に向かった。  事務室の前の掲示板に最低賃金のポスターが貼ってあって、そこに写るスーツ姿の女性を見て、納見は「あれ?」と思った。  確か今朝の情報番組で特集されていた、最近売り出し中のモデルだ。好きなタイプだったから顔は記憶にあるが、名前が思い出せない。  思い出せないが、しばらく見入った。  カワイイ。 「あの、すみません」  不意に、財務係の嶋野敏二(しまのとしじ)に声をかけられ、少し焦った。 「納見さん、少し聞いてもいいですか?」 「あ、いいよ。何かあった?」  彼は納見の二年後輩だ。  財務係は患者や保険者からの入金を管理しているので、仕事上での関わりは多い。  二人で事務室に入ると、嶋野は自分の端末画面を見ながら説明を始めたので、納見は覗き込む格好になった。 「実は本部から、特定の患者の未収債権について問合せがあったんです。この人」  嶋野はひとつの名前を指差した。 「キリサトゲンイチ……」  未収債権とは要するに、ちゃんと診療費を払っていない問題ある患者の債権のことだ。  本部は各施設の経営状況を把握し、指揮する立場にあるので、照会や指示が入ることは珍しくない。  ただし、個別の患者について聞いてくることはあまりないような気がした。 「ピンポイントで一人だけ?」 「そうなんです。会計上の処理として、滞留債権の報告は例年のことですが、それって年度末なんです。しかも対象者はたくさんいるし、このタイミングで、何でかなぁと思って」 「俺も心当たりないよ。診療費の回収見込みを聞いてきたってこと?」 「いや、貸倒れの予定があるかどうかです」 「貸倒れ?」  変な聞き方だな、と思った。照会するにしても、債権の回収見込みの有無を確認するのが先ではないか。 「まだ検証中と答えました。まあ気にしても仕方ないですね」  嶋野がそう言って話を終わらせたので、まあいいかと思い、納見は総務課の方へ向かった。  監視カメラの件は、総務課の物品調達係と調整する必要がある。
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