13人が本棚に入れています
本棚に追加
「やっぱ、声帯手術するしかないのかなあ」
「……え? せ……今、なんて言った!?」
「声帯手術。もうそれが手っ取り早いじゃん。それに、今回みたいに男だ女だって言われることも無くなるでしょ」
「いや……何言っちゃってるの!? あの、真子ちゃんが元から男の子だっていうなら止めないけどさ、女の子でしょ!? 一応」
「なんだよ、声が低い女がいたっていいじゃねえか。今は多様性の時代だぜ? 肝っ玉小さいこと言ってんじゃねえよ」
「多様性とか、そういう問題じゃなくって!」
佐野さんは作業していた手を止めると、こちらに顔を近づけて、いよいよ懇願するように言う。
「あのさ、髪は放っとけばそのうち伸びるし、格好だっていつでも変えられるからいいけどさ、声だけは一回変えたら、そう簡単に戻せないんだよ? 元からデリケートな部分なんだから、いじったら声が出なくなっちゃう可能性もあるし、タトゥーと一緒で、もう後の人生で取り返しつかなくなっちゃうの。分かる?」
「でも、タトゥー入れた時は何にも言わなかったじゃん」
「そりゃあんなごついタトゥー入れてくるなんて誰も思わないよ! もー、分かんないかな、俺が言いたいこと」
分かってる。身に染みるほど分かっている。佐野さんがオレを心の底から心配してくれていることも、声帯手術だけは、なんでこうも反対してくるのかも。
佐野さんはたぶん気づいている。たまにオレが、レディースの服を見ては、馬鹿みたいに目を輝かせていることも。イケメンの俳優を見て、ついかっこいいと思ってしまっていることも。可愛いデザインの文房具を、いつも物欲しげに眺めていることも。そして、そんな自分の女として抑えきれない欲求に、どれだけ辟易しているのかも。
けれどオレは元から、後の人生なんてどうでもよかった。加賀さんのような、あんなに才能溢れる人が早死する世界なのに、オレみたいなやつが、長生きしたって意味ないだろ。生きれば生きるほど、あの人は遠い存在になってしまうんだから。
これがオレの選んだ道で、オレが選んだ生き方だ。加賀さんのような、強くてかっこよくて優しい男。それが「オレ」なんだから。
「佐野さん、もう1杯!! この店で一番度数高い酒!!」
「ええ!? そんなの出せるわけないでしょ!! てか、まだ飲む気なの!?」
そうして、貴方の幻影を追いかけ続けるうちに、オレはいつの間にか、本当の自分をどこかに切り離し、置いていってしまったみたいだ。
最初のコメントを投稿しよう!