日常こそ特別で

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 私、設楽珠恵(したらたまえ)は田舎で野菜や花を育てながら1人暮らしをしている。 先月で70歳になった。70になり1人暮らしをしていれば、お祝い事ってことでもないのよね。 私には子供が1人いる。 33歳の娘、恵美(めぐみ)。都会で就職をしてその後、藤野健吾(ふじのけんご)さんと結婚をして今は4歳の男女の双子(蓮と凜)の母になっている。 忙しいみたくなかなか会うことは出来ないけど電話をくれるからそれが楽しみ。 孫達も電話で、 「おばあちゃん!あのね、きのうおえかきして、せんせいにじょうずってほめられたー」などと話しかけてくれて、幼稚園も元気に行っていて毎日バタバタしている、健吾も元気と先週の電話で恵美が話していた。 会えないのは寂しいけれど、娘家族が健康で暮らしてくれている事が何よりで私自身も健康で野菜や花を育てていける日常があれば嬉しい限り。 今日も健康で暮らせました。 「あら、もう5時だわ。晩ごはんの用意しなくちゃね。今日は何にしようかしらね~」 私が居間から台所に行こうとすると、 玄関からピンポーンと音がした。 「あら、誰かしら?お隣の春子さんかしらね~はーい」 私は返事をして玄関へ足を向けたらガラガラと玄関の扉が開いた。 「おばあちゃん!」 そこには、孫の蓮くんと凛ちゃん。 それから荷物をいっぱい持った恵美と横には「お義母さん、すみません」と謝る健吾さんもいた。 「あなた達、どうしたの!?」 「さぷらいず、だよ?おばあちゃん!」と蓮くん。 「サプライズ?」 「うん!おばあちゃんをびっくりさせておたんじょうびをおいわいするの!」 と凜ちゃんがウキウキしながら言った。 「ごめんね、お母さん。本当は連絡してから来るつもりだったの。でもこの子達がどうしてもサプライズがしたいって‥‥」 「あら、そうなの。こっちはいつでも大丈夫よ。まだしばらく会えないかなって思ってたからびっくりしただけよ。 嬉しいわ。ほら、玄関じゃなく上がって。泊まっていけるの?」 「そのつもりだけど、大丈夫?」 「大丈夫に決まってるじゃないの。 ゆっくりしていきなさい」 「ありがとう、お母さん」 「すみません、お義母さん」 と感謝と謝罪をする2人をよそに孫達は「おばあちゃん、びっくりした?」と、目をキラキラさせて聞いてきた。 「すっごくビックリしたわ~」 私がそう言うと孫達は「やったねー」と2人でハイタッチ。 恵美と健吾さんは呆れた様子だったけど私はただ可愛い思いだけ。ふふっ。  居間に入ると私は来てくれたのは良いけど何も用意がしていない事に気が付いた。夕飯はこれからだったから。 「恵美、夕飯は何もないのよ。少しだけ待っててくれる?」 私が恵美にコソッと耳打ちすると恵美は 「私達が突然来たんだから、ご飯も飲み物も全部持ってきたから大丈夫よ」 そう言うと恵美は持ってきたエコバックからいっぱいの料理を取り出した。 お寿司にピザにオードブル、孫達用にお菓子も。それから、ケーキまでもありテーブルいっぱいに並べた。 「ま~こんなに!」 「へへ‥‥ちょっと買いすぎちゃったかな?」 「ねぇ、おかあさん、もうわたしてもいいの?」と蓮くんと凜ちゃんが恵美のスカートを引っ張りながら聞いている。 「え?あ、そうだったね。いいよ!」 恵美の言葉に嬉しそうに声をあわせて 「やった!」と言うと、自分達のリュックから何やらゴソゴソ取り出して私の方に来てこう言った。 「はい!おばあちゃんにたんじょうびぷれぜんと!ぼくがかいたよ!」 「わたしもかいたよ!おばあちゃんにぷれぜんとあげる!」 蓮くんと凜ちゃんは私に画用紙を手渡した。私は2人が描いたものを見つめた。 「それ。お母さんの似顔絵よ。おばあちゃんに誕生日プレゼントに描きたいって。しかもサプライズで渡したいって言うもんだから‥‥」 画用紙には私の似顔絵とおめでとうの文字が書いてあった。 「もうこんなに描けるのね~蓮くん、凜ちゃん、すごく上手にかけてるわ。ありがとうね」 私は2人にお礼を言うと2人は何だか嬉しいような恥ずかしいような顔をした。なんて可愛いのかしら。 「あ、お母さん。私達からも」と恵美が紙袋を渡してきた。開けてみたら中には綺麗な水色のカーディガンが入っていた。 「あら。凄く綺麗な色のカーディガンね。それに高そうだわ。いいの?」 「勿論。これから寒くなるから着てね」 「ありがとう、恵美。ありがとう、健吾さん」 私は2人にもお礼を言った。私はうるっときていたけど孫達の「おなかすいたー」に今度は笑顔になった。 恵美が「よし、皆で食べよう!」 私も「ええ。皆で食べましょう」とテーブルを皆で囲って食べる準備をした。 お皿・コップ・箸を用意しケーキ用にローソクも準備すると凜ちゃんが、 「おとうさん、ひつけてー」 「そうだな。あ、恵美ライターってあるかな?」 「あ!忘れた‥‥」 「あら、ライターなら仏壇にあるわ。持ってくるから待ってて」 「すみません、お義母さん」    私は仏間に行き仏壇からライターを手に取った。仏壇には4年前に病死した夫の写真がある。4年前、孫達が生まれて3ヶ月後に夫は天国に旅立った。一目でも孫達に会えたのは嬉しかったと最期に言っていた事を思い出した。 私は今、そんな孫達を生んだ娘夫婦と大きくなった孫達からプレゼントを貰いご馳走まで用意して貰っている。 私は座布団に座り夫の写真に向かい 「あなた‥‥私は幸せ者ですね~」 私は目頭があつくなったのを感じた所で後ろからバタバタと小さな足音がこちらにやってきた。 「あ、おばあちゃんいた!はやくはやく!」 「はーい、行きますよ~」 私は孫達に手を引かれながら居間に戻り健吾さんにライターを手渡した。 ローソクに火がつき、電気を消して孫達がハッピーバースデーの歌を歌ってくれた。歌が終わると蓮くんが「けして!けして!」とぴょんぴょん跳ねながら言ってきた。 「はい、はい。消しますよー」 私は数回フゥーフゥーと息を吹きかけて火を消した。  今日は実際には誕生日でも記念日でもないただの日常。 けれど娘家族が来て私の誕生日をお祝いしてくれた特別な日になった。 1人で野菜や花を育てる日常も皆にお祝いして貰える日常もどんな日々だろうときっと日常は特別なものだと改めて娘家族に教えて貰った気がする。 だから私はこれからも日常を大切に暮らしていこうと心から思える。  パチッと居間の電気がつくと皆が声をあわせて、 『おたんじょうびおめでとうー!』 「皆、ありがとう‥‥」 やっぱり幾つになっても嬉しいものね。 私の頬にはうれし涙が流れた。
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