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 翌日――  教室で帰り支度をしていた俺のところへ青井さんがきた。  目が合うと微笑んで手を振ってくれた。俺も手を振り返す。  俺は思わず、いいなあ、この彼女感、と感動した。  教室の中がざわめく。  それはそうだ。学年一の美人がやってきて、特定の男子に手を振ったのだ。  どんな関係なのか気になるだろう。  俺は幸せをかみしめながら帰り支度を済ませて、教室の入り口の手前で待ってくれていた青井さんと一緒に廊下を歩き始めた。  教室からさっきより大きなざわめきが聞こえたが、この時の俺は気にも留めなかった。  俺たちが向かう先は、一番外れの第三校舎の三階、その最奥の空き教室だ。  昨日、職員室にボードゲーム同好会の名簿を提出した際に提示されたのがこの教室だった。  第三校舎はあまり使われておらず、資料室や準備室のほかには、ときどき生徒会や委員会が会議に使うくらいだそうだ。  部であった時から、ボードゲーム同好会は部室棟には部屋がなく、空き教室を適宜使用していたらしい。  第三校舎に近づくにつれて、人気が少なくなる。  青井さんは気にしていないようだが、大声で叫んでも声が届かないような校舎の教室をあてがわれたことに俺は複雑な心境だった。  青井さんがこんな所で誰かと一緒にいた可能性もあったと思うとぞっとする。  隣を見ると、彼女は出会った時と変わらず、可愛らしさをたたえている。  一緒に歩く彼女を見て、俺が守らなければと強く決意した。  やがて三階に上がり、真っすぐ行った先がボードゲーム同好会の部屋だ。  ここにくるまでの雰囲気はなかなか良かった。会話もけっこう弾んだし、まだ手はつないでないが、いい感じなんじゃないかと思う。 「ここだね」と青井さんが言って、俺たちは教室の前で立ち止まった。  俺は職員室から借りてきた鍵を取り出し、かちゃかちゃと鍵を開ける。  そして、がらりとドアを開けた。  そこは、長テーブルが並んで二つとパイプ椅子が四脚あるだけの教室だった。 「なんだか広く感じるね」  部屋に入った青井さんがつぶやく。 「うん」  俺も部屋に入り、長テーブルにバッグを置いた。 「じゃあ、掃除始めよっか」  青井さんもバッグを置くと、ひとつひとつボタンを外してブレザーを脱いだ。  それを見て、俺ははっとなる。  目の前の彼女の姿、特に、ふくよかな胸のふくらみは、ブラウスを透けてしまうんじゃないかというように、俺の目にせまった。  胸が高鳴る。  俺の視線に気づいているのかいないのか、彼女は背を向けると、背中に少しかかる髪をゴムでまとめ、ポニーテールにした。  彼女の露わになった白い首筋とやわらかで優美なシルエットに、俺の胸のどきどきは苦しいくらいだった。  密室に彼女と二人きり――少々埃っぽいことを除けば、おあつらえむきなシチュエーションじゃないか。そこから連想される想像が後ろめたくて、俺はその想像に必死であらがった。  そんな俺の心の内なんて知るべくもなく、青井さんはてきぱきと掃除を始めていた。  彼女の伸びやかに成長した肢体の曲線が作り出す美しさは、なめらかで女性らしい質感を生み出していて、とても麗しかった。  俺はしばらく彼女に見惚れ、掃除をしにきたことも忘れていた。  この子が俺の彼女なんだなあ――  嬉しい半面、いまだに信じられない。 「もう、遊木くんも掃除してよ」  俺がいつまでも突っ立っているのを見て、青井さんがぷんぷん、という感じで言った。 「ああ、ごめん」  おこった顔もかわいい、などと思ってしまった。  やばい。べた惚れしすぎだろう。  俺は煩悩を振り払い、ブレザーを脱いでワイシャツ姿になると、腕まくりをして、猛然と掃除を始めた。  掃除は小一時間ほどで終わり、俺たちは職員室に鍵を戻して下校した。  自転車を押しながら今日の出来事を振り返る。  青井さんとは途中まで帰る方向が同じなので、二十分、ゆっくり歩けば三十分は一緒にいられる。  俺はこのまま時が止まればいいのにと思いながら、青井さんとの会話を楽しんだ。  明日は土曜日。いよいよデートの日だ。  今、高鳴ってる胸の響きは心地よかった。
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