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 帰宅した俺は、家に着いたと青井さんにLINEした。必ず連絡してねと念を押されていたからだ。間もなく既読が付き、『無事に着いて良かった!』というメッセージとスタンプが送られてきた。  大げさだなあと思いつつも、そんな心づかいも嬉しかった。  デスクに座り、夕飯までの間、今日一日を振り返った。  チェアーを倒して左手を天井に掲げてみる。  この手を青井さんとつないだんだ。  彼女の手の感触ははっきり覚えている。  さらさらとした心地よい肌触り。  でも、未だに信じられないという思いが頭の片隅にある。 まぶたを閉じると脳裏に浮かぶのは彼女の姿だけだ。  まるで写真でもめくっているかのように彼女を捉えた画像が次々と現れる。  しばらくイメージの世界に浸っていると、心地よい眠気に襲われてそのままうとうとしてしまった。  まどろみの中で、一枚一枚だった画像は動きを伴った映像になる。  白い世界で白いワンピースの青井さんが背中を見せてたたずんでいる。  振り返って俺に気づいた彼女がぱあっと顔を輝かせる。  駆け寄ってくる。  俺の手を取って走り出す。  ときどき体ごと振り返りながら、白い世界を走る。  彼女の胸元できらきら輝きながら跳ねているのは神秘的な石のネックレスだ。  そして、俺は躍動的に弾んでいる彼女の胸に目が留まった。 俺は彼女の手を握り返して引き寄せた。 勢いよく彼女は俺の腕の中に躍り込んでくる。  そのまま彼女の唇を――  そこでぱちっと目を覚ます。  ばくばくと動悸がする。  われながら理想と願望の入り交じったイメージだと思う。  でも。そうだ。手をつないだだけじゃない。  俺は彼女を抱きしめたんだ。  途端に猛烈な恥ずかしさが込み上げてくる。  結局、夕飯はほとんど喉を通らず、自室に戻った。  ベッドに身を投げ出して仰向けになる。  しばらく天井を見つめた。  とっくに動悸は収まっていたが、胸の奥の面妖な生温かさはぼおっと熱を持ち続けて消えることはなかった。  悠弥に電話でもしてみるか。  そう思いついてスマホに手を伸ばす。  引き寄せて電源ボタンを押す。  そして、ロック画面を見て思わず跳ね起きた。  そうだった。ロック画面もホーム画面も青井さんとのツーショット写真にしたんだ。  帰りのバスの中、青井さんが寝ている横で設定したのを忘れてた。  かわいいな、青井さん。  画面の中の彼女は抜群にかわいくて、俺は一瞬で目が覚めた。  青井さんもスマホの待ち受けにしてくれる、よな。  あれ、スマホの待ち受け? しまった! 青井さんにモールで撮ってもらった写真送るの忘れてた!  俺はあわててスマホのロック画面に表示されてる時刻を見た。午後九時半。帰宅してから三時間が経っていた。  俺は急いでパスコードを入力し、LINEアプリをタップした。そしてトークの一番上にある『ゆう』をタップして、青井さんとのトーク画面を表示させた。  最後の履歴は、帰宅後にやり取りしたメッセージだ。青井さんからのスタンプで終わってる。  俺はそれに続けて、『ごめん! 写真送るの忘れてた! 今すぐ送る!』とメッセージを入力して送信した。そしてすぐに写真も送った。  なかなか既読がつかない。  焦りが募る。青井さん怒ってるかな。  五分、十分、十五分、二十分。既読はつかない。  やばい。かなり怒ってる?  やばい。どうしよう?  きちんと謝った方がいいかな。  そして二十五分。俺が謝罪のメッセージを打ち始めたのと同時に既読がついた。  やった! 既読がついた!  俺はいったんメッセージ入力を中断し、青井さんからの返信を待った。  一分一秒が恐ろしく長く感じたが、午後十時を少しすぎたくらいに待ちに待った返信があった。俺は恐る恐るメッセージを見た。  青井さんからの返信には、『ごめん! お風呂入ってたの!』とあり、間もなく写真が送られてきた。  それはルームウェアを着た青井さんの自撮り写真だった。  薄い桜色のTシャツにアイボリーのショートパンツというラフな格好だが、肌がほんのり薄紅色に染まっていて、湯上がりであることを物語っている。  やばい、自撮りかわいい。そして生足めっちゃエロい。  しばらく見とれて返信するのを忘れていると、 『バスタオル巻いただけのほうがよかった?』と挑発するようなメッセージがきた。  思わず頬がゆるむ。俺は冗談には冗談で返すことにした。 『今度、直接見せて!』と言ってみると、 『ダメ、ゼッタイ!』というメッセージのあと、『見せられないよ』というスタンプが送られてきた。  おかしくて声を出して笑ってしまった。  たぶん青井さんも笑っているんじゃないかな。いや、きっと笑ってる。  俺は少し間を置いたあと、『写真どう?』とメッセージを送った。  写真を送るのが遅れたことは、たぶん彼女も気にしていないと思い、触れなかった。  それより、ツーショット写真をどう思ったかのほうが大事だ。  しばらくして返信がきた。 『すっごくよく撮れてるね! 遊木くんもかっこよく撮れてる! 今、スマホの待ち受けに設定したとこ!』  それを見て俺は一瞬、うるっときてしまった。そして、あらためて彼女ってほんとにいいものだなと思った。  そして、次のメッセージを送るのに、もうそんなに緊張はしなかった。 『今、ちょっと電話してもいい? 明日、日曜だしさ。もしよかったら』  いいよ、とすぐ返信があった。  じゃあかけるね、と送信してから電話マークをタップし、音声通話をまたタップした。  コール音が鳴る。一昨日ほどではなかったもののどきどきしてくる。  コール音が三回鳴ったところで彼女が出た。 『こんばんは』 「いきなりでごめん」 『ううん。いいよ』 「なんか、青井さんの声が聴きたくて」 『どうかした?』 「いや! たいしたことじゃないんだ。ただの確認」 『あはは、何それ』 「でも、なんか不思議だよ。昼間ずっと会ってたのに、夜、こうして声だけ聴いてるのがさ」 『うん』 「会いたい」 『月曜日からまた毎日会えるよ』 「うーん、ほんとうは二人だけでずっといられたらって思ってる」 『うん……わたしもそうしたい』 「…………」 『遊木くん?』 「非力だ」 『非力?』 「青井さんを連れ去って、どこか二人でいられるところに行きたいくらいなのに、俺にできることって何なんだろ」 『仕方ないよ。まだ高校一年だもん』 「高校一年……子供だよなあ」 『だからさ、一日一日を大事にすごしていけばいいんじゃない? みんな嫌でも大人になるんだよ?』 「そっか……そうだよね。俺、何焦ってんだろ」 『わたしは楽しみだよ? 高校生活。そりゃ受験もあるけど、おいしいもの食べたり、買い物したり、いろんなこと素敵なカレシとしたいじゃない』 「うん。俺も素敵なカノジョといろんな楽しいことたくさんしたい」 『ね? 全部これからなんだよ? 楽しもう?』 「あはは、ありがと。なんか、もやもやが晴れた」 『よかった』 「あーもう参ったなあ!」 『ど、どうしたの?』 「ますます会いたくなった」 『仕方ないなあ。明日、図書館に行くんだけど、一緒にくる?』 「行く!」 『じゃあ、一時に図書館で待ち合わせね』 「了解」 『そろそろ終わりにしようか』 「あ、青井さん、ひとつだけ聞いていい?」 『え? なに?』 「重くない? その、俺って」 『ううん、ぜんぜん。遊木くんと会うのも、話すのも、すごく楽しいよ。重いなんて思ったことないし、全然苦にならない』 「マジで。すげーうれしい。ありがとう。やばっ、泣きそう」 『だめだよ、男の子が泣いたら』 「言葉の綾だって」 『もう、終わんないよ』 「だね。じゃあ、明日、一時に図書館で」 『うん。また明日ね』 「楽しみにしてる」 『わたしも』 「じゃあ、切るね」 『うん』  通話を切るまでのほんの少しの間のことだった。  かすかにだが彼女の吐息が聞こえた。  俺は思わず耳から顔全体が赤くなるのを感じた。彼女がなにげなくしたのであろう吐息の音は、彼女の年齢や年相応の人生経験からすると、信じられないくらい色っぽかった。  俺は通話を終えてしばらくの間、どきどきしてしまった。参った。眠れるかな。  図書館デートは、お互いに『好き』が全面に出てしまった。 つまりはいちゃいちゃしてしまった。  完全にバカップルだったと思う。  図書館に用事があった青井さんの邪魔にならなかったかとても心配だ。  青井さんに聞けば、そんなことないと優しく否定してくれるだろうけど、それも申し訳なくて、俺は帰宅するなり自室のベッドに倒れ込み、枕を顔に押しつけた。  でも、人間なんて現金なもので、まぶたを閉じると浮かぶのは彼女の姿だけだったりする。  青井さんが脳裏に浮かぶたびに自然と口角が上がり、にやけてしまう。  そのあと俺は悠弥に電話し、さんざんノロケた。  悠弥はウザがったけど電話を切るようなことはせず、結局、俺が気が済むまで話を聞いてくれた。  曰く「初彼女ができた最初の頃はそんなもん」だそうで、話を聞いてやるのも親友の務めだとか。なんだかんだ言って面倒見がいい。  電話の最後に悠弥が言ってくれた「よかったな」が胸にきて、俺は思わず泣きそうになってしまった。  就寝する少し前、デスクで勉強していたらスマホが震えた。  ちょうど集中力が切れかけていたので、勉強を切り上げスマホを手に取った。  青井さんからのLINEだった。  彼女も勉強に区切りをつけて寝るところだったようだ。  青井さんは意外にも絵文字やスタンプをたくさん使う。  さすがにギャルほどじゃないけど、お嬢様っぽい雰囲気の青井さんの姿からは想像しづらい。  文字のみのちゃんとした文章で送るイメージがあったから、彼女も今時の女子高生なんだなと、いい意味で思った。  続けてLINEが届く。今日は楽しかったって内容だけど、とても丁寧に綴られている。やっぱりこっちの方が青井さんらしい。そうかと思うと面白スタンプが送られてきて、思わず笑ってしまった。   俺は青井さんに倣って、まず文章で今日のお礼を言い、感謝を述べた。かたいよ~と返信があったので、面白スタンプで返した。青井さんから『笑い』のスタンプで返信がくる。しばらくスタンプでやり取りが続く。  やがてお互いに眠気がきたので、どちらからともなく寝ようかとなり、『おやすみ。また明日』というスタンプを送り合った。俺は最後に「明日も会えるの楽しみにしてる」と送信した。  彼女からは「わたしも♡」とあった。俺は安心して眠りに就いた。
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