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「さくらってさ、夢ってあるの?」
ある日の休み時間、さくらにこんな質問をしてみた。この質問をした時点で、「のろけか!」というツッコミをする用意はしていた。
何故ならさくらが、
「神宮寺君のお嫁さんになる」
なんて少女漫画のようなことを言うだろうなと思ったから。
ところが、さくらは思わぬ言葉を口にした。
「私は、吉倉さんになりたい!」
吉倉さん……? 吉倉さんって、誰?
私は吉倉さんを知らない。少なくとも私の知り合いに吉倉さんはいない。
「吉倉さんっていうのはさくらの知り合い?」
「違うよ」
「えっと、じゃあ有名な女優さんかモデルさん?」
「違うよ」
「スポーツ選手?」
「違う」
「え? じゃあさくらが憧れている吉倉さんって人は何をしている人?」
「うーんとね、分かんない」
分かんない? どういうこと?
全く意味が分からなかった。
「分からないって、さくらは吉倉さんになりたいんでしょ?」
「そうだよ。私は吉倉さんになりたい」
「将来的に吉倉さんって名字の人と結婚して、吉倉さくらになりたいの」
吉倉さんと結婚……?
誰だろう……その吉倉さんって?
吉倉さんなんて苗字の子は私たちの通っていた中学にはいなかったから、小学校の時の同級生かな?
「えっと、その吉倉さんは小学校の時の同級生? 初恋の人……?」
「うんうん違うよ」
「初恋の相手は、長山君。あと、私の通ってた小学校に吉倉って苗字はいなかった」
「は? じゃあ吉倉さんって誰よ?」
「誰だろうねー」
「まだ、吉倉さんって人に会ったことはないんだけどさ。ほら、吉倉さくらって何だかいい名前だと思わない? だからどんな人かは分かんないんだけど、とりあえず吉倉って苗字の人を見つけて、その人と結婚するの」
「えっ何? じゃあ さくらは吉倉さくらって名前になりたいがために、吉倉さんって人と結婚したいの?」
「うん、そうだよ……」
「だ、ダメでしょ?」
「どうして?」
「だって、結婚ってそういう理由でするようなものじゃないでしょ?」
「お互いに愛し合ってーだとか、この人と一生一緒にいたいからーだとかそういう理由でするもんでしょ?」
「そうかな? 」
「でも、結婚する理由って聞かれないでしょ? それに、最初は愛し合って〜とか一生一緒にいたいって言ってても離婚する人もいるじゃん」
「その点、私は大丈夫。私からは離婚は絶対に切り出さないよ。離婚したら吉倉さんじゃなくなるからね」
「それなんだけど……吉倉さんと結婚してしまえば、離婚しても、吉倉は名乗れるよ」
「ウチがそうだから……小学生の時 両親が離婚したんだけど母が私に気を遣って、今も父の性を名乗っているし」
「いやそれはしない。だって自分から言い出して離婚したのに吉倉を名乗っていたらそれは、偽吉倉さくらだよ。吉倉さくらじゃなくて、旧姓に戻してないさくらになるよ」
よく分からない理論だけど、さくらにはさくらなりにこだわりがあるみたい。
「……えっと、じゃあ、神宮寺君は? 」
「さくらって神宮寺君と付き合っているよね? 神宮寺君とはこの先別れるってこと?」
さくらは、今付き合っている神宮寺君ではなく、会ったこともない吉倉さんって人と結婚したいなんて言ってる。神宮寺君は神宮寺君である以上、さくらとは結婚できないわけで。
「そりゃ別れるでしょ?」
「別れるっというか、私は神宮寺君とは結婚するつもりないし……」
「そ、そうなの……?」
「そりゃそうでしょ? 高校時代の交際は、あくまで経験。真剣な交際はもう少し大人になってするもんだよ。高校でマジで付き合っている人なんていないよ」
――かなりの偏見。
むしろ、大半はマジで付き合っていると思うけれど。マジで付き合った結果、やっぱり無理だったねてなって別れるんじゃないの?
私は付き合ったことがないから経験談としては語れないけど。
「そんなもんなの? 神宮寺君はそう思ってないかも知れないよ?」
「ないない……」
「だって私、『結婚を前提に付き合って下さい』とは言われてないもん」
これはさくらが変わっているってことでいいんだよね? 自分で自分に問いかけるくらい不安になる。
あまりにも自信満々に言うもんだから、間違えているのは実は私の方なんじゃないかと。私は彼氏がいないけど、さくらには彼氏がいる。恋愛経験者の意見として採用されるのはさくらの方のみ。
「でも、高校生の告白で、結婚を前提になんて言う? 私は告白されたことがないから分かんないけど、高校生でそんなセリフはでてこないんじゃないの?」
「じゃあ、2人は高校卒業と同時に別れる感じ?」
「どうだろう……」
「遅くてそのくらいって考えてるけど、先のことは分かんないしね。もしかしたら、吉倉って名前の男の子がこれから転校してくるかも知れないし、吉倉って名前の教育実習生がウチのクラスに来るかも知れない。そうなったら、私はそっちにアプローチかけるから、神宮寺君とはさよならだね」
さくらの言うそれは、愛と言えるのか?
それはその人の事が好きじゃなくて単純に名前が好きなだけってことになる。愛じゃないよそんなの……
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