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連鎖
私の人生を滅茶苦茶にした男は、タウン情報誌のなかで穏やかな笑みを浮かべていた…
その情報誌を見つけたのは偶然だった。
行った先のファミレスで、レジの脇にあったソレを、私はたまたま手にとった。
注文したメニューが来るまでの間、持て余した時間でペラペラと何の気も無しにページをめくる手がハタと止まる。
何処にでもある無料タウン誌の、何処にでもある町のパン屋の特集…
半ページの更に4分の1ほどの小さな写真付きの記事は、私に呼吸を忘れさせる程の衝撃を与えた。
あの男だ…
既に10年近くが経っていたが、アイツの顔を忘れる事は無かった。
握り拳を作り肘を曲げ、写真にポーズをとる半袖姿の男の前腕には、あの時見たのと同じ大きな古傷の後があった。
進学の為に実家を離れた遠地で、偶然見つけた情報誌…
ずっと見つける事ができなかった男。
あの夜の公園で男に微笑んだ神は、今度は男に踵を返して私に微笑んだように思えた。
「やっと見つけた。」
この約10年の間に必死になって私は力を得た、もう昔の私とは別人だった。
オマエがそうさせたのだ…
今度は私がアイツを狩る番だった。
そして私は男の周辺を調べ始めた。
まず手始めに男がやっているパン屋を訪れた。
そのパン屋は男と、男の妻とアルバイトの3人で切り盛りする小さな町のパン屋だった。
犯罪者が一般人のフリをして店を開くなんて図々しくて呆れてしまう。
人の人生を破壊して置いて、自分は罪も償わずちゃっかりと人生を謳歌している…
そんな事は到底許してはならない。
やはりこの男は報いを受けなければならないのだ。
パン屋が休みの天気のよい月曜日は、娘をつれて公園に遊びに行くのが男の日課だった。
ジャングルジムの上、幼い娘はベンチに座った男に向かって手を振った。
男も笑いながら手を振り返す…
それは誰が見ても微笑ましい光景だった
ただ一点、男が咎人でなければ…
平日の人気の少ない公園は、近くに誰も
いなかった。
「今日は…お久しぶりですね。
以前は大変お世話になりました。」
私が笑顔で声を掛けると、男は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を返した。
「あぁ こちらこそ…
そちらはお変わりは有りませんか?」
男は私が誰か思い出すのに必死だった。私はその姿が滑稽に見えて、笑いだすのを堪えた。
「えぇ 昔、○○公園で可愛がっていただいたお礼にきました。」
私の言葉を聞きくと、コイツは何を言ってるんだといわんばかりに、男の顔が引きつるのがわかった。
目が不自然に泳ぐ…
「誰かと人違いをされてませんか?」
男はシラを切ることにしたらしい…
下衆の彼らしいな…と私はある種の感動すら覚えた。
自身の欲望の為には人を平気で踏み付けるくせに、今は一般人のふりをして自分の現状を守ろうとしている…
素晴らしい思考回路だ。
男は立ち去るつもりなのか、ベンチから立ち上がった。
その機を逃さず、私は男との間合いを一気に詰めた。
そして男が息を吐き切った瞬間を見極めると男の心臓を目がけて、剄(けい)を打ちこんでやった。
もちろん男の体の表面は傷つけないように思い切り優しく…
男はその場にうずくまった。
異変を感じた男の娘が走り寄ってきた。
「パパ パパ…大丈夫?」
幼いなりに何か大変な事になっているのはわかっているらしい…
真っ青な顔で男が仰向けに倒れ込むと
「パパが… パパが…」
と助けを求めて私を見上げる。
私はそれを無視すると振り返り、公園の出入り口に向かって歩きだす。
背後からは、どうしたらいいか分からず途方に暮れて泣き出した女の子の声が聞こえてきた。
その日、私は人を初めて殺した。
その時の気持ちが罪悪感だったのか達成感だったのかは覚えていない。
もしかしたら、その両方だったかも知れない。
帰り道、何故か私の目からは涙が溢れていた。
アレ?私は何で泣いているんだろう…
私は涙を拭いながら、そのまま大通りの雑踏に向かって歩き続けた。
あの女の子は私のように、いつか復讐に来るのだろうか?
そんな想像をした時、もし純粋な復讐者が父親の本性を知った時に何を思うのか私には少し興味があった。
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