二十世紀を駆け抜けたドン・キホーテ

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二十世紀を駆け抜けたドン・キホーテ

 俺の祖父の、そのまた祖父の話だと聞く。  ナポレオン戦争の頃の話だ。我らが祖国が割譲され、土地を奪われてから十数年後。兵力まで取り上げられ、祖国ではない国の為の戦争に徴兵されたその人はその歩兵師団に配属された。そう、大王の寵児であったリュヒェルがその権威を失墜させた戦いだ。友軍の援護をせずに突撃したリュヒェルの撤退命令に従い、フリントロック式の銃を担いで撤退していたのだという。敵にも劣る武器、迫り来る軍馬の嘶き。追撃を逃れるには歩兵の速度では限界があった。とうとう彼の歩兵師団は敵軍騎兵に見付かってしまったのである。当時の騎兵は銃とサーベルを装備していた。  その時、騎兵の後ろから猛スピードで彼の方へ向かう軍馬があった。その馬上の影は彼に降り下ろされようとしていた白刃を弾き返し、辺りに響き渡る程の大きな声で叫んだ。 「伝令! 総員戦闘停止! 追撃を終えて帰還せよ!!」  暫く辺りは騒然としていたが、彼の言葉を理解し始めると敵軍はこちらに背を向け自らの国へと戻って行った。  彼は颯爽と現れた伝令に問うた。何故、敵である自分を助けたのかと。すると伝令は言った。 「一人でも多くの人命を失わずに済むように、私は伝令となったのだ。例え敵であれ大事な人命であることに変わりはない」  そう言うと、伝令はまだ戦闘を続けている兵士の残る地へと駆けていった。彼の心に仄かな憧れを残して。
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