神話になりたかった愚か者のみた夢

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 翌朝、何事もなかったように自分の部屋で目が覚めた。リビングでテレビをつけたら十二月十五日で、昨夜のふたご座流星群の話題で朝のニュースは華やいでいた。  木曜日だからいつもと変わりなく高校へ行って、そこに涼原朝美はいなかった。  代わりに「涼原 夕美(すずはら ゆみ)」という名の女生徒が、彼女の席に座っていた。人当たりのいい笑顔の少女で、短い休み時間にちょっと観察してみると、男女問わず何人もの生徒に話しかけられて談笑している。  常に側に誰かいて、話しかける隙を見つけるのすら難しい。どうにか俺は彼女に声掛けして、放課後、図書室に来てもらえないかと誘いかけることに成功した。 「あら、名吹君ってわたしと彼女のこと知ってるのね」  この世界に涼原朝美という少女がいた、それこそが俺の見た夢だったのだろうか。自信が持てなくて夕美に話したら、そうではないとあっさり認めてくれた。 「弓姫だっけ? 君はどうしてこっちの世界に来たかったんだ」 「当たり前でしょう? あんな箱の中に一生閉じ込められて、ただ世界を観測するだけなんて。いくら食うに困らず誰からも敬われる神話になれたって、そんなのつまらないじゃない」  こっちの世界で生きるには、常に何かしら働いて、心身を疲れさせて動き続けて、自分自身が世界の歯車……涼原の家の工場で作られる部品と同じ。大きな世界の部品のひとつみたいに在り続けなければならない。 「だけど、どんなに小さな部品だって、大きな機械を動かすために必要な、かけがえのない存在だわ。たとえ生きるのが大変だって、虚しいって思うことがあるとしたって、わたしはこっちの世界で頑張りたいって思ったのよ」  人間っていうのは、自分が持っていないものに憧れがちというか。今の自分の正反対の自分になりたいって夢を抱きがちなものかもしれない。そうだとしてもあまりに両極端な選択をした、ふたりの少女。双方にとって好都合だったから、ふたりはお互いの世界を捨てた。箱の中の姫だった弓姫と違って、朝美にはこの世界に家族も知り合いもいたのにな。  この世の多くの人々に知られていることが、神話の条件だと思っていたけれど……「彼女達という神話」を知っているのは数多ある世界の中で、どうやらこの名吹栄一ただひとりであるらしい。
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