神話になりたかった愚か者のみた夢

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「この世界で弓姫になるって……一生出られない水晶の中で生き続けるなんて……俺達のいた世界で普通に暮らす方が絶対いいだろ?」  神話になるなんて、なんとも不自由で、つまらない。今の俺にはそうとしか思えなかった。  そりゃあ、元の世界の俺達には何の才能もないし、家柄だって普通だし、馬鹿高の生徒だし。だとしても。何の変哲もない日常だとしても、そっちの方が絶対楽しいはずだ。 「栄一って、知ってたっけ。あたしん家、ちっさな町工場なの」 「知ってるけど……」  世間話として聞いただけで、お互いの家に行き来するような仲じゃなかったから、そこがどんな規模かなんて知らない。俺達はただのクラスメイト。朝美は幼なじみの、木庭高生の男子が好きだとかいう噂もあったしな。 「こーんな米粒みたいなサイズの部品を毎日、星の数ほど作ってね。そのひとつひとつを目で、もしくは顕微鏡とかでチェックするの。簡単そうな、誰でも出来る仕事に思えるかもだけど、向き不向きがあってね。向いてない人なんて一日とか数日であっという間に辞めてく」  毎日、工場に行って、数時間続けて同じ部品を機械の目を通して見る。その数時間のうちにひとりの人が見る部品は数千個。それを毎日、毎日、繰り返す。眼精疲労だけでなく精神にも頭にも疲労が蓄積するし、同じ姿勢で座りっぱなしだからか腰も痛むし。 「あたしの母親、離婚届だけ残していなくなったの。あたしもお父さんも捨ててね。でも、あたしはあの人のことちっとも恨んでないし、むしろその気持ちがよくわかる。結婚してから死ぬまでずぅーっと、おんなじこと繰り返すなんてね。想像したら嫌気が差すでしょうよ」 「朝美のお母さんが出ていくのは、結婚しちゃったからそうするしかなかっただけで……朝美は大人になったら家を出て、別の仕事でもすれば良かったじゃないか」 「他の仕事ならいくつかやってみたわよ、高校生になってからバイトして。コンビニとか、運送会社の仕分けとか、他にも色々。栄一の言う通り、自分ち以外の仕事がどんな感じか知っておきたかったから。でも、どの仕事だって大差なかったわ」  毎日毎日、同じ場所に行って同じ仕事をして、繰り返すだけ。変わらない日常。 「どうせ同じ、星の数ほど見なきゃいけないっていうなら……机の上のちっさな部品の山なんかじゃなく、あたしは本物の星を見上げて過ごしたい」  元から、あたしはそういう人間だった。  誰かと話すとか、一緒にいるとか。これっぽっちもってわけじゃないけど、そんなに興味がない。いつか子育てをしてみたいって憧れも別にない。
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