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13話
「にぃー、にぃー」
「すごく鳴いてる、お腹空いてるのかな?」
志朗がそう言うと渚が台所に行き、猫も腕の中からすり抜けてその後を着いて行く。
「あ、おい勝手に行くなって」
急いでスニーカーを脱いで台所に行くと、渚がしゃがんで猫缶を皿に出していた。飲み水も用意しているところを見ると、いつもやっているのだろう。
「食べていいよ」
黒猫に伝わったのか食べ始めた。
「猫の餌、買ってあるんですね」
「うん、時々来るから」
渚が一人でないことに安堵した。が、飼うつもりはないのだろうかとも思う。
「ちゃんと家で飼わないんですか?」
渚は膝を抱えて食べる様子を見ながらぽつりと言った。
「いなくなると寂しい。……好きなところに自由に行って欲しいし」
「えっ、あ……ああ」
大きなエサの袋ではなく日持ちのする缶詰めを買い置きしているのもそのせいだろう。
そしてそれは家族のことで貴方自身のことですかとは、さすがに聞いてはいけない気がした……。
「上原くんもご飯食べる?すぐに出来るよ」
急に見上げられ驚いたが、笑顔で返した。
「はい。朝忙しかったので実はお腹ペコペコです」
下ごしらえをしていたようで、志朗が荷物を片付けている間に二人分のオムライスが出来上がっていた。薄焼き卵で包んでケチャップがかかっている。
「召し上がれ」
「はあ、すごくきれいだ。いただきます」
手を組み感謝の言葉を伝えるとスプーンですくって口に入れる。具材とご飯のバランスがいい、味付けも絶妙で卵のほのかな甘味がまとめてくれる。
「ん、んんー。すごく美味しいです」
(うーん、俺……猫と同じで餌付けされてるみたいだな)
食べながら、青田に「ご飯食べに行ってるの?」と言われたことを思い出して苦笑いしてしまう。
「このまえ上原くん、食べたいって言ってたから」
「えっ、俺のためにですか?」
少し照れたようにうんと頷く。そんな些細な会話を覚えていてくれていたとは感激だ。
「嬉しい!ありがとうございます」
渚はほっとした様子で、自分も食べ進める。
餌を食べ終わった猫は、渚の足元で毛繕いを始めていた。
雨が激しくなり、風が強く窓がカタカタと揺れている。
「真知子さん大丈夫かな……あ、しまった。今日来たって言ってない。電話お借りしますね」
猫を連れてきて二人で食事をしている間にすっかり忘れていた。天候も不安定なので心配しているかもしれない。
「うん」
リビングにある電話のダイヤルを回すとすぐに「はい、片瀬です」と威勢の良い声が聞こえる。
「上原です。天気が悪くてそのまま先生のお宅に来たんで連絡遅くなってすみません」
『ああ志朗くん、ちょうどこっちから掛けようと思とったん。さっき港から連絡あったんや。港のおじいさんがあんた見たけん、うちに来とるやろって。波が荒れとるから今日はもう欠航やと』
「ええー!?そうなんですか。困ったな……」
今日は朝一番に来て、最終便で帰るつもりだった。以前真知子に聞いたがこの島に宿はないと言っていた。
『渚くんに変わってくれるんな?』
「あ、はい」
台所の渚を呼んで受話器を渡す。
「…………うん、うん。わかった、じゃあね」
そのまま電話を切ってしまった。
「え、あの?」
「おばさんが上原くん、うちに泊めてあげてって」
「でも……」
「ぼくはいいよ」
さすがに真知子のところでは具合が悪いだろう。他に方法もないし、渚の言葉に甘えることにした。
「はい。じゃあ、よろしくお願いします」
「うん」
結局夕飯もご馳走になり、せめてもと洗い物を片付けた。
「お風呂沸いたから先に入って」
「あれ、先生は?」
「熱いの苦手だから……」
実は志朗もあまり熱いのは得意ではないが、せっかくの好意なので先に入ることにした。
「お風呂、お先にいただきました。ちょうど良い温度でしたよ」
髪を拭きながら志朗がそう言うとソファーの前に座っていた渚が立ち上がった。
「じゃあぼくも入ってくる」
「はい」
思いがけず二人で過ごせて楽しい一日を過ごせた。何故か当たり前のように仕事の話はさっぱり出来ていないが。
志朗はテレビのチャンネルを回して夜のニュース番組に合わせた。天気予報では今夜は風雨が強まり、波が高いとしか言われない。普段穏やかな瀬戸内の海だが、時々はこういうこともあるのだろう。
と、その時近くでバリバリと雷鳴が轟いて、テレビも電気も消え、家中まっ暗になった。
「停電か、まずいな」
他人の家ではどこに何があるのかわからない。
「きゃあー」
「先生!?」
渚の悲鳴が聞こえて、志朗は風呂場に向かった。
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