20話

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20話

 志朗は渚を連れて「大陸食堂」の暖簾をくぐった。 「いらっしゃい上原さ……え?渚ちゃん?まああ大きくなって。お父さん、渚ちゃん!」  奥さんが渚を見て大将を手招きする。 「ああ、懐かしねー。よくきてくれた」  厨房から飛び出して来てくれた。お昼時を少し過ぎたので客も落ち着いた様子だ。  椅子に腰掛けながら渚は店内をキョロキョロ見回す。  「お店変わったんだね」 「ええ、区画整理で。前の店も先生の家があった辺りも大きなビルが建ったから。ここは土地代が高くて店は二回りも小さくなって……」  水を持ってきた奥さんがため息をつく。 「でも前より新しくてお店きれいだ」 「……前は古くて汚かったですか……」  大将がぼやくように言う。その話し方も渚には懐かしい。 「前のところも好きだったよ。今日は餃子とラーメン食べに来たんだ。家で食べたの美味しかった」 「この人があなたに食べさせたい言って何度も頭下げるからとくぺつよ。こんな大きい人に店で土下座されたら商売しにくい……」  奥さんが丼を用意しながら、そうそうと頷く。 「そうなの?上原くん。そんなに大変なことして持ってきてくれたの?」 「ああ、いや。編集長がお土産なら絶対ここのがいいよって言うから……」 「ありがとう、上原くん」  改めて渚に礼を言われた。 「いえ、良かったです」 (初めて会った日、あんなに喜んでくれるなんて思いもしなかった……)  伊藤がアドバイスをくれたから、店主が持ち帰ることを許可してくれたから。そのお陰で渚との縁が出来たのだと感謝の気持ちで一杯だ。 「やっさんは元気?他のみんなも来る?」  渚の質問に大将と奥さんが目配せをしているのが志朗の席から見えた。十年もの時が流れているのだ。 「遠くの現場に行ったりするし、みんなあまり来ないね」 「そうなんだ、会いたかったな……」 「いつかまた会えますよ」  志朗は肩を落とす渚を慰めた。 「うん」 「大将、俺もラーメンと餃子、それとチャーハン」  そう言うと渚が大きく目を見開いた。 「たくさん食べるんだね!」 「たくさん食べたんで大きいんです」 「そっかー」  素直に納得してくれるところが可愛い。実際はスポーツ選手だった親から受け継いだDNAの賜物なのだが。 「先生はもっと食べた方がいいですよ」 「うん」  話している間にテーブルに運ばれてきた。 「ハイ、お待ちどうさま」  並べられた料理を渚がじっと見ている。志朗は「ああ」と思い小皿をもらいに行き、自分のチャーハンをレンゲで取り分けた。 「食べたかったんでしょ、どうぞ」 「わあ、ありがとう。残すと勿体ないから頼めなかった。いただきます」 「俺もいただきます」  手を組んでお祈りをする志朗に気づく。 「それ、いつもしてるね」 「食べ物を与えてくれたことに感謝するようにって。冷めないうちに食べましょう」 「うん」 「ん、旨い」 「おいしい!上原くんが持ってきてくれたのも美味しかったけど、お店だとみんないて楽しいね」  ラーメンを食べて、時々餃子を食べて、「美味しい」と笑顔でチャーハンを口に運ぶ。 (先生のこんな顔を見られるなんて……) 「そうしてると昔に戻ったみたいね。熊猪先生が初めてあなた連れてきた時、思い出した。男気があって面倒見よくて。みんな先生のこと大好きでした。あの日から十五年……私も年取った」  ううんと渚が首を振る。 「変わらないよ大将。味も変わってなくてすごく美味しいよ」 「嬉しいねー。故郷離れてこの人と添い遂げるのに日本来た。大変な時あったけど、あの時決心して良かった」  洗い場にいる妻が前掛けでそっと涙を拭った。 「覚えていてくれて嬉しいから、ほんとにお代要らないのに……」  店主がいうが、渚は財布からお札を出す。 「ダメ。お店つぶれたらいけないからちゃんと払う!」 「ええっ、ああ……熊猪先生がよくうちの店つぶれる言ってた。この人、真に受けてるね……」  また大将のぼやきが聞こえた。  他に客もおらず夫婦で外まで見送ってくれる。 「ごちそうさまでした。志朗くんも連れてきてくれてありがとう」  みんなが柔らかな笑顔に包まれた。 「また食べに来てね」 「うん。さよなら」 「お昼代、俺が一緒に払ったのに……」  並んで歩きながらそう言うと渚は「自分が食べたから」と言う。 「真面目ですね、先生」 「悪いこと?」  聞き返されて、それが彼の良いところだと思う。 「いいえ、でもたまには羽目を外してもいいと思いますよ」 「うん……」 「そう言えば今日はこっちに泊まるんですか?ホテルとかとってあります?」  立ち止まって渚に訪ねた。 「ううん、今から帰る」 「今から?着くの夜中になっちゃいます。いや、着いても船もないし」  真知子の書いたメモを見せてもらうと本土の港近くにホテルがあるとは書いているが……。 「そうだ、俺んちに泊まりませんか?前に泊めてもらったし。弟もいるので……」  安心して下さい、と言うのは控えた。 「上原君の家?でも帰らないと猫のご飯が。お腹空かせてたらかわいそう……」 「あの黒猫、飼うことにしたんですね?」  首をかしげるのはまだ決めかねているようだ。 「毎日来るから……」 「じゃあ真知子さんに電話入れときます。えーと公衆電話……」  駅近くまで歩いて来たので電話は見つかるが、待ち合わせや迎えの連絡なのか電話ボックスの外に列ができている。 「そうだ、せっかくだから別のところに寄っていいですか?」 「うん」  二人は再びゆっくりと歩き出した。
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