21話

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21話

「教会……?」  古い民家のような建物の屋根に十字架がある。「どなたでもご自由にお入り下さい」と書かれた板も色褪せて折れそうだ。 「はい。父が聖職者なんです。子供を預かることもあるので母もほとんどこっちで寝泊まりしてます。俺と弟も日曜学校とか放課後学級を手伝ってるんですよ」 「へえー」  中に入ると少しの長椅子と小さなオルガン、僅かな宗教絵が何とか教会の体を成している。奥で掃除をしている人がこちらに気がついた。 「アニキ?」 「来てたのか。先生、弟の譲治です。譲治、画家の石橋出逢先生。俺ちょっと電話して来るから先生頼むな」 「えっ、ちょっと……」  初対面のこの人と何を話せばいいのだ。身長はわずかに自分より高いが長い髪を後ろで結んで、どことなく浮き世離れした綺麗な男性……。譲治は彼に掛ける言葉を探していた。 「きれいだね」 「えっ?」  先に言われて譲治が驚いた。 「綺麗な瞳の色。お天気の時の空が映った海みたい。髪もキラキラでふわふわで天使みたい」  壁にかかった絵を指さす。 「あ……あ」  生まれつきの青い目とブロンドの巻き毛、小さな顔と長い手足。高校からは外見に興味を持って告白されたりしたが、肌の白さも透き通った瞳もみんなと違うと子供の頃はよくいじめられた。今はパンク風の服で、あえて派手な格好をしてごまかしている。  当時庇ってくれたのは血の繋がらない姉や兄たち。年の近い志朗にはいつしか兄以上の気持ちを抱くようになった。だが志朗は目の前のこの人を好きなようだ……。 「あんたさ、アニキのことどう思ってんの?好きなの?」  恋が志朗の一方的な片思いで、それなら自分に希望があるかもしれない。唐突すぎたと思ったが聞けるのは今しかない。 「上原くんのこと?」 「……ああ」  自分も上原だけど……と思ったがまあいい。椅子に座って大きく足を組んでわざと大へいな態度をとった。 「えっと、いつもぼくが喜ぶ美味しいもの持ってきてくれて、面白くて優しい……」 「ふーん」  子供みたいな答え方だと思いながら窓を向いて聞いていた。 「上原くん、ほんとはぼくに絵を描いて欲しいのに、好きなようにしていいよって言ってくれる。……ぼくのこと悪くないよって大事にしてくれる。……でも、でもぼくは上原くん好きじゃない……」 「はあ?なんだそれ、アニキを都合のいいように使ってんのか!?お前……」  立ち上がった譲治はハッとした。好きじゃないと言う渚は目にいっぱい涙をためている。 「なん……で?」 「好きになったらだめだから、上原くんのこと好きじゃない。一緒にいたら嬉しいから、いつも帰らないでそばにいてって思うけど……。好きな人が死んじゃったから、ぼくは……もう、誰も好きにならない……」  ポロポロと大粒の涙が流れ落ちた。 「はあー。それはもう、アニキが大好きってことじゃんか……」  ため息を付いてガックリと肩を落とした。 「違う、好きじゃない……!」  頭をぶんぶんと振る様子に譲治はお手上げになる。 「わかったわかった。ほら涙拭いて」  譲治はティッシュを取りにいって渚に渡した。 「……うう。ありがと」 「あのさ、俺は好きな人が死んじゃっても、また誰か好きになってもいいと思うよ?」 「……上原くんと似てるね。譲治くんも優しい。お料理が上手なんだよね、自慢してたよ。いいなあ、いつも一緒にいられて」 「……うん。あんたのプリンも上手かったってアニキ言ってた。俺もあんたがうらやましいよ……」 「じゃあおんなじだね」  笑いあっていると電話を終えた志朗が戻ってきた。 「お待たせ、なんか仲良さそうなんだけど……。あれ、先生泣いてる?」 「泣かせたのはアニキ」 「え?俺が?何で?先生大丈夫ですか?」  おろおろしていると両親が学校から子供たちを連れて帰ってきた。仕事で遅い親が帰るまで低学年の児童を預かっている。 「二人とも来てたのか」 「あら、お友だちもいるのね」  一年生のランドセルを持ってやる両親は荷物が重そうだ。すぐに志朗と譲治が取りに行く。 「ジョージくんだー」 「わあー今日はおっきいお兄ちゃんもいる」  子供たちが嬉しそうに兄弟にじゃれついてくる。 「知らないお兄さんも、こんにちは」  一人の少女が渚に近づいて挨拶をしてきた。 「こんにちは」 「お兄さんは何してる人?」 「えっと、ぼくは……絵を描く仕事してる」  へーと驚く。 「何か描いてー」 「描いて」  子供たちに囲まれて渚は自由帳に少女のスケッチをした。 「わー、うまーい」 「もっと描いて」 「ネコちゃん描いてー」 「うん」  志朗は子供らを止めに行こうとしたが譲治が腕を引く。 「いいじゃん、先生楽しそうだぜ」 「え、ああ、そうだな」  渚が絵を描くところを初めて見た。今度は子供たちに描き方を教えている。 「みんなすごく上手だよ」 「わーい」  その風景こそが一枚の絵のようだ。 「あの人何も聞かないんだ。俺たち兄弟じゃないだろうって、初めて会う人みんなに言われたよ。それどころか俺たち優しいところが似てるってさ。俺のこと天使みたいだって。──すごい人だね、アニキが好きになった人は……」 「な、なんだよそれ」 「もう自覚してんだろ?あの人で抜いてるの知ってるぜ」 「えっ、なんでっ!うわー先生に言うなよ」  顔を真っ赤にして焦っている。 「俺ブラコンなの。アニキのことなら何でもわかる……。でもステキな人すぎて降参だ」 「うーん。まだまだ落とせる気がしないけど頑張る」  とっくに落としているよとは悔しいから言わない。 「彼、うちに泊まる?」 「そのつもりだけど」 「俺のベッドの引き出しにお泊まりセットあるから使っていいよ」 「ああ、サンキュー」 「…………じゃあ今日は俺、友達のとこ泊まるからからごゆっくり」 「うん、えっ!?」  あの日以来の二人きりに、志朗は今から爆発しそうだ……。
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