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【アナタの色、キミの色/この胸で咲く花は ファンSS】
「耕一さんの髪色って、綺麗ですよね」
午後になっても視界を灼くほど眩しい夏の日差しの中、バイト先である【風街Cafe】に、店内装飾用の観葉植物を配達に来たほたるが、俺の顔を見るなり、なんの前触れもなくそう呟く。
「えっ? あー、どうだろうな? ブリーチ繰り返して結構ゴワゴワしてるから、綺麗ってのとはちょっと違うんじゃないか?」
少し癖のかかった襟足を撫でるように触り、上目遣いに見ながら前髪を人差し指に巻きつけ、遊ぶように解く。
お世辞にも触り心地が良いとは言えない、ミルクティーベージュの髪。
定番色と化したこの色の前に、ほんの少しの間染めていたホワイトアッシュはどうにも気にいらなくて早々に戻したけど、その時も軽くブリーチをかけたから、髪はそれなりに傷んでいるはずだ。
最近のブリーチ剤は頭皮への刺激や髪へのダメージを考えて作られている薬剤だとかで、従来のような〝匂いがキツい・頭皮に染みる・髪が傷む〟という三重苦はほぼ抑えられている。けど、絶対ノーダメージ! なんてことはないわけで。
夏の日差しに照らされた色素の薄い髪は、視界の先でキラキラと輝き、表情を変える。
色は好きなんだけど、こういう時は地味に鬱陶しい。眩しいんだよな。
「僕は綺麗だと思います。そういう色が馴染んで見えるっていうか……似合ってて好きです」
コトリ──カウンター用に注文した小さな鉢に入った多肉植物の寄植えを、運搬用のボックスから取り出してテーブルの上に置いた、ほたるの薄く開いた唇の端が緩やかに上がっているのがわかる。裏表のない純真さに、俺の心臓の奥がじわりとあたたくなって、自然と緩やかな息を吐き出していた。
「校則があるから今はダメだけど……大学に入ったら、僕も髪を染めようかな」
ぽつりと囁くように呟かれた一言が俺の耳に届く。
視線を向ければ、ほんのり赤く染まる頬に滲む含羞の色。寄植えの葉を撫でる指先は、まるで迷い子のようにまろみた淵を行ったり来たりしている。
「そうしたら、耕一さんみたいに、大人っぽく見える、のかな……?」
続き出たセリフに目を見張る。
艶やかな漆黒の髪──それが、誰のものかもわからない手で触られ、撫でられ、色を抜かれて変えられていく様を脳裏に思い浮かべる。
(ダメだ──想像できない)
思わず頭をブンブンと左右に振って、脳内に浮かんだヘアカラーチェンジ版の斬新ほたるを散らす。
黒髪を見慣れてるってのもあるけど、そもそもほたるには、ブラウンだベージュだが根本的に似合わない気がする。
服とかならそんなこと思わねんだろうけど、髪色となったら話は別だ。
顔周りの印象は髪色で決まるとかって言うしな。髪色変えて垢抜けたいなら、全体を見直す必要がある。例えばそうだなー。
「メガネがなきゃワンチャン……」
「えっ?」
ほたるがいつもしている細めフレームのメガネを両手でそっと外してやる。突然クリアな視界を奪われたほたるはぱちくりと瞬きをして不思議そうに俺を見上げてる。ちょっと待ってな……。
(うーん、やっぱメガネが野暮ったく見せてんだろうな。顔ちっちゃいし睫毛も長いし、背はそこまでないけど体の線も細めだから、これでカラコンして茶髪系にしたらJr.とかイケんじゃね?)
なんとなく想像と妄想が追いついてきたぞ。やっぱ理想と現実を近づけるって大事だな。
自分を見つめ続ける俺を見上げるほたるがほんの少しだけ困ったように眉根を寄せ、
「あの、……耕一さん、メガネ……を」
言いながらそろそろと腕を伸ばして俺からメガネを取り返そうとする。そんなほたるの指先を捕まえて、キュッと握りながら、
「けどなー、やっぱりほたるは黒髪が合ってるよ。ツヤツヤサラサラだし、これに手を入れちゃうのは勿体ないって」
片手でメガネのツルを器用にたたみ、テーブルの上に置いてから、ほたるの体をそっと抱き寄せる。
やっぱりお花屋さんの子だからか、衣服や髪に微かに花の香りが移っていて、それが甘く香るのが堪らない。
形の良い頭をすっぽり包むようにてのひらを広げ、ほたるの額を自分の肩に寄せる。
ランチタイムが終わり、客が途切れたあとの店内は、俺たち以外に誰もいなくて、ふたりだけという目の前の事実だけが、俺の中に芽吹いて咲いた。
「こう、いち……さん、」
「俺、ほたるの髪の色好きだよ。似合ってる。すげぇ綺麗」
息で耳朶をなぞるようにして囁く。近くなった体を通して伝わる互いの心音が、規則正しい鼓動を刻む。
「ほたるが俺の髪色を好きだって言うなら、ずっとこのままにするから、ほたるも俺が好きな髪色のままでいてよ」
頬を撫でる指先に移る熱が、肩にかかる息が、遠慮がちに背を抱く腕が愛おしくて──。
「ね?」──同意を得るための促しをひとつ。
コクリと小さく頷いたほたるの項は、今日も襟足の黒と肌の白のコントラスト。やっぱり、この白い肌に映えるのは、艶やかな黒だけだ。
そんな風に思いながら頬に触れていた指先を滑らせて、なめらかな顎を掬い上げると、ほたると視線を合わせる。ブラックオニキスのような瞳に映る自分の顔。
(こんな表情──見せられねぇな……)
己の欲望をひた隠しにするように柔らかい笑顔を向けると、それにつられるように微笑むほたる。その姿はまるで可憐な一輪の華だ。
なんて──ガラにもないことを思いながら、淡い桜色した唇に、そっと触れるだけのキスを落としたのだった──。
【アナタの色、キミの色_了】
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