7人が本棚に入れています
本棚に追加
1.花宮さとりの復讐
あれは嫌な女だった。
親が大金持ちで、金髪がなびくハーフの美人で、当たり前のように勉強ができる天才で、プライドの高そうな女だった。
それなのに友達がたくさん居て、常に取り巻きが周りに居て、賑やかな空間の中心で不敵な笑みを浮かべてる女だった。
それに比べて私は地味で冴えなくて、唯一の取り柄の勉強もその女に勝てなくて、一人しかいない友達と何となく過ごしているような人間だった。
人にはそれぞれ個性があると言うけれど、それでも周囲の評価は聞くまでもなくこうだろう、「別の世界の人間」「比較対象にすらならない」だと。
例えばどちらかが犠牲になるとしたら、間違いなくみんなは私の方を指差すだろう、そもそも私のことを認識している人が、どれだけいるのかという話である。
「あなた、あまり人と話さないけど、本当に学校生活を楽しんでるの?」
「………」
「そんな俯いてばかりで有意義に過ごせてるの?高校生活はたった三年間しかないのに」
「………」
ところでこの嫌な女には悪癖があった、それは私のようなイケてない同級生に突っかかることで、恐らく他人を見下して楽しんでいるのだろう。
今日はたまたま帰り道の途中で出くわして、少し遠くにある最寄駅までこんな感じで話しかけられている、正直言って迷惑以外の何物でもない。
「…そうやって他人と目を合わさず、いつまで逃げているつもり?」
「………」
「私はあなたともっと話がしたい。だってあなたは大切なクラスメイトで、私の…」
「………」
「………」
「…そういえばこの前のテスト、良くなかったみたいだけど何かあったの?」
「………!」
「私の家庭教師、紹介してあげようか?ちゃんと女の人で、とても頭が良くて優しい…」
「…いい加減にして!」
ある瞬間から、唯一の取り柄である勉強を馬鹿にされたと思った私は、交差点の手前で振り返って精一杯の敵意を女に向けた。
何よりこうやって足止めして、赤信号になる直前で走って渡れば逃げ切れると思った、少しの間だけ我慢すればいいはずだった。
「何が…楽しいの…!?私なんかを馬鹿にして…!」
「馬鹿にしてなんか……」
「もう構わないでよ…!静かに放っておいてよ…!」
「……私はただ……」
「違う世界の人間なんだから関わらないでよ…!!」
「……っ!!」
私はこの時に一瞬だけ見せた彼女の表情が理解できなかった、何かに驚いたような顔に気付いていれば、これから先の人生が変わったかもしれない。
「危ない!!」
「!?」
直後、唐突に私は突き飛ばされると、交差点の向こうから乗用車が減速もせず曲がってきた、そしてその瞬間、嫌な女は見たこともない優しい顔をしていた。
「…えっ…?」
私は何が起きたのか理解できず、目の前が真っ白になって空を見上げていた、やがて救急車のサイレンが鳴り響くと、ようやく意識を取り戻した。
「なに…が…」
道路に残された痛々しい血痕、近くの店に突っ込んだ乗用車、救急隊員にタンカーで運ばれる見慣れた制服は、考察材料としては十分なものである。
私は心配して寄ってきた警察官に問いかけるまでもなく、ここで何があったかを察して理解した、たった一瞬の間に変わってしまった世界に、震えることしかできなかった。
「なんで……?」
避けようのない不慮の事故、この世界に蔓延る理不尽の一つ、それが全ての始まりだったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!