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ねこ
「あ~あ。なんか疲れちゃったなぁ。俺、「猫」になりたいよ。」
夫は最近口癖のようにリビングの陽だまりで寝る猫を見ながら「猫」になりたいと言う。
今年は部長になったので部下の管理も大変だった様子だ。仕事で相当疲れてしまったらしい。
そんな愚痴が続いたある朝の事。
我が家の猫が2匹から3匹に増えていた。のだったら何となくお話し的に面白かったのだろうけれども・・・・
朝起きてみると夫のベッドに「ねこ」が置いてあった。色はなんとなく渋めだけど家の中だけで着るものだからかまわない。夫が買ってくれたのかな?
【ねこ】長野県の南木曽に昔からある物で、最近は結構人気があって私が
使っている通販でも売っていたりする。
袖なしの袢纏といえば一番しっくりくるだろうか。
腕を通す紐状のものがあるのでそこに腕を入れる。
そうすると背中に沿って暖かい真綿が腰までカバーしてくれる。
袖もないし前身ごろもぴらぴらしない。そして、背中はしっかりと
温めてくれるので重宝され、私が知っている昭和よりもっと前から
令和の世の中にまで使い継がれている優れものだ。
最近は可愛い柄の物も出ていて若い人にも人気が高い。
はて、夫は?と思うがどこにもいない。
まぁ、いっか。いないものは仕方がない。どこかに買い物に行ったのかもしれないし。心配するような年でもないし、今まで徘徊するようなこともなかったし。
今朝は寒いので私は夫のベッドの上にあった「ねこ」を着て朝食の準備の為キッチンに向かった。とりあえず夫はいないので自分の分だけ。
背中はホカホカと暖かい。
朝ごはんを食べている間も、洗い物をする時も、その後お掃除をする時も、背中がポカポカなのでいつものようにかさばるカーディガンや厚めの上着をはおる必要もない。
う~ん。これはなかなか便利なものだわね。手元も邪魔にはならないし、なによりも暖かい。背中だけ暖かいのにいつもの寒さが気にならない。
お昼頃になってリビングも暖かくなったので「ねこ」を抜いでハンガーにかけておいた。
そのままソファーで少しうとうとしていたら
「お~い。助けてくれ。」
隣の部屋から夫の声がする。
急いで行って覗いてみるとハンガーにかけた「ねこ」に夫の頭がついている。
「きゃーっ」
あまりの異様な姿に驚いて逃げようとした私に
「助けてくれ、下ろしてくれよ。」
夫の声が追いすがる。
私はびくびくしながらハンガーにかかった夫の首付きの「ねこ」をベッドにおろした。
とたんに、「ねこ」が消えて夫の姿に戻った。
「いやぁ、びっくりしたよ。なんだかホカホカすると思ったらお前の背中の上でさ。なんで俺の事おんぶしているのか?とか、重くないのかな?とかは思ったんだよ。でもあったかかったからそのままでいいか~と思って寝ちゃったんだよな。」
「寒くて目が覚めたらハンガーにかかってるじゃん。驚いたよ。」
「驚いたのは私よ。何よ。じゃ、「猫」じゃなくて「ねこ」になっていたの?」
「まぁ、あったかかったからいいんだけどね。」
「あ、そうそう、あなた元に戻っちゃったんなら「ねこ」買ってくれる?」
「え?あ~わかったよ。俺の「ねこ」すごく着心地よかったんだな?」
「えぇ、とっても。あったかいし家事の邪魔にもならないし。」
「俺、「猫」になってのんびりしたかったのにな。」
「「ねこ」になって結局お前の為に働いていたんだな。」
「まだまださぼるなってことかな。」
なんだか、心なしか吹っ切れたような明るい顔で『ハハッ』と笑ってそのまま通販サイトを開き、「ねこ」を検索して私に柄を選ばせてくれた。
私は「猫」になりそこなり「ねこ」になった夫のおかげで本物の「ねこ」を手に入れて暖かい冬を過ごしている。
【了】
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