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私は苦笑いし、空になった食器をただ、見つめていた。キャベツの千切りが、生姜焼きの汁を吸って、ぐにゃりととぐろを巻いているのをただ、見つめ続けた。
父母の料理の腕前を褒められても、肩身の狭い思いと羞恥はなんら変わらない。
その日は、最低で最悪な誕生日会の記憶とだけ、私の心には刻まれた。そしていつしか、心の奥深くへと封印するぐらいに。
✳︎✳︎✳︎
ふと、ケーキナイフを持つ手を止めた。
それと同時に、スクリーンに映し出される映画のように蘇ってきた思い出は、ここいらで終止符が打たれたらしい。
トラウマでしかなかった思い出。あの、誕生日会のこと。
ホールケーキをまじまじと見る。
最後、ナイフを入れ、そして引いた。さっきから、ぼうっとして合っていなかった目の焦点を、キラキラと輝いているイチゴの上で、戻していく。そして、辛みとともに上がってきた記憶に、私はあの日のように眉をハの字にし、無理にもくすっと苦く笑った。
「ママ、どうしたの?」
娘が怪訝な視線を寄越してくる。
「ううん、なんでもない。けど、ケーキの大きさがねえ……ママ、ケーキ切るのヘタクソだったわ。ごめんね。でもまあ、ジャンケンってことで」
「ええー! 私、ジャンケン弱いのにぃ」「そんなに大きさ変わらないって!」
視線を上げると、ケーキが配られるのをそわそわと待つ、娘の友達の笑顔たち。
突然、その笑顔が、誕生日会のあの日の友達の笑顔と重なった。
確かにみんな、『生姜焼き定食』を美味しかったと、そう言っていた。
誕生日ケーキがないことを、どう伝えたのかもはっきりとした記憶がない。
「えーー」とか、「うそぉ」とか、「信じられなーい」とか、言われたのかもしれない。顔から火が出そうな、あの恥ずかしさと言ったらない。そして胸が押しつぶされそうな、あの悲しさと言ったらない。そういった負の感情だけがオーバーラップしてきて、年甲斐もなく、震える思いがした。
けれど、それと同時に、この歳になってようやくわかったこともあった。
父があの日、私たちのために生姜の量を抑え、子ども用にと甘めに味付けしてくれたこと。それは私が今まさに、苦い辛いが苦手な娘のために、料理を作るとき、気をつけていることだった。
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